第6話【獣人の家族】
木の影から顔を出したのは、茶色の柔らかそうな髪の中から山オオカミと同じような耳をピンと立てた大人の男だった。
「驚かせたならすまない。火のゆらめきが遠くからチラッと見えて山火事かと思って見に来たんだ」
男は右手を挙げて敵意がない事を表そうとしているが、長いコートの後ろに左手で何かを隠しているように見える。
「近づくな! 後ろに隠している物を出せ!」
ウルスも何か隠している事に気づき、そう叫ぶ。
「待ってくれ! ……大丈夫だよ、ほら、お兄さん達に挨拶しなさい」
コートの後ろから現れたのは男と同じく、クリクリとした茶髪から獣のような耳を生やした五くらいの小さな子供だ、しかしこちらは怯えているのかその耳はお辞儀しているように曲がっている。
「こ、こんばんは……」
小さな声でそう言う子供にこれ以上敵意は向けられない。"魔術"を解除すると、ウルスも僕に続きナイフを下ろした。
「……すみません、仲間が体調を崩していてピリピリしていたんです」
「いや構わないよ、いきなり現れたこちらも悪かった」
そう言葉を交わした後、立ち去ると思ったが男はその場で言葉を続けた。
「近くに家があるんだが、そこで休まないか?少しなら薬も用意できる」
「……僕らが怪しいとは思わないんですか?」
予想外の申し出に戸惑い、何て返事をすればいいか分からず率直に疑問をぶつける。
「間違っていたら悪いけど、見たところ子供だけで旅をしているんだろう。何か事情があるのは見れば分かるよ。この子はまだ小さいけど、いずれ君たちぐらいの歳になると思ったら放っとけないんだ」
「……すみません、ありがとうございます」
子供を愛おしそうに見つめながら頭を撫でる仕草を見ると、この男なら危害は加えてこなさそうだと思える。
それにミアの体調も考えると外より室内で休めるのはとてもありがたい。
寝ていたミアを起こし事情を話し、寝ぼけながら返事をするミアを背負い、ウルスに荷物をまとめてもらう。
まとめた荷物を見て男がどちらを待てばいいかウルスに聞いている。
ありがたい事に親子は僕達の荷物を運ぶ事まで手伝ってくれるようだ。
「お姉ちゃん、具合悪いの?」
僕に背負われるミアを見て、子供が話しかけて来た。
「少し風邪を引いてしまったんだ。お家を少しだけ借りるね」
「うん! いいよ!」
僕がそう言うと、可愛らしい耳をピンと立てて元気に返事をしてくれた。
心の優しい子だ、きっとあの父親の教えが良いのだろう。
男に先導されて森の中をしばらく歩き、着いたその家は暖かい光が窓から漏れてくる立派なログハウスだった。
「お〜いシエリ、ちょっと来てくれ」
男はその家のドアを開け、中にいる誰かに声をかけると、毛色は二人より少し濃いめの色だが、親子と同じ耳がピョコンと頭から飛び出している女性が出て来た。
「おかえりなさい……ってこの子達どうしたのさ!?」
中から出て来たその女性が僕らを見て驚く。
それもそうだ、旦那が帰るといきなり三人も子供が増えていたら当たり前にそういう反応になるだろう。
「こんばんは、旅の途中で仲間が体調を崩して休んでいたところ、この方に声をかけて連れて来て頂きました。少しだけ休ませて頂けませんか。」
出来るだけ丁寧に、失礼の無いように頼み込むが、その女性は困った顔をしているように見える。
(最悪物置きでもいいのですが……)
そう続けるか迷っていると彼女はパタパタと駆け足でこちらに寄ってきて、僕の背中で苦しそうにしているミアを覗き込んだ。
「大変、熱があるじゃない、すぐに寝かせなきゃ。薬草はまだあったかしら。」
一方的に言葉を放ち、またパタパタと小走りで家の中に戻っていく。
早馬のようなその動きに圧倒されて動けず、男の方を見るとニコニコしながら口を開いた。
「ほら、早くその子を寝かせてあげよう。シエリ……うちの嫁も同じ気持ちのようだ」
どうやら困ったような顔に見えたのは心配してくれた表情だったらしい。
ミアを屋根の下で休ませる事が出来そうだ。
男が家の中に入っていくのを見て、僕らはそれに続いた。
その家の中はランプから出た優しい光に包まれていて、見た目は違うが故郷の街で家族と過ごしていたあの家を思い出す。
女性が奥の部屋から声をかけて来たので向かうと立派なベッドがあり「ここに寝かせなさい」と言われる。
体に負荷がかからないようにゆっくりとミアを下ろし、女性が布団を掛けてくれているのを横で見ていると、後ろから手を握られた。
振り向くと子供が僕の手を引き、リビングルームの方へと誘ってくる。
そこで彼の父親から温かいお茶の入ったマグカップを渡される。
部屋の真ん中では、ウルスがもうお茶をすすりながら椅子に座っていた。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
奥の部屋でスースーと寝息を立てながら眠るミアを見て安心し、礼を言う。
「構わないよ、君たちも随分と疲れている様子だ。それを飲んだらもう寝るかい?」
男は微笑み、優しい言葉で休ませようとしてくれるが、自分の格好を見てみると汚れていて、このままこの綺麗な家で眠らせてもらうのは申し訳ない。
「汚れすぎて家を汚してしまいそうなので、僕たちは外で休みます。ミアの事をよろしくお願いします」
そう伝え、お茶を一気に飲み干す。温かい飲み物が胃に入っていく感覚がお腹から全身を温めていくように感じた。
ウルスも僕の言葉に自分の体を確認し、焦ったようにお茶を飲みほした。どう返答を返すか悩んでいるのか、困り顔の男に一礼し荷物を持とうとすると、後ろから奥さんに話しかけられる。
「何言ってんのよ井戸で洗えばいいじゃない。ほらあんたたちも一緒に水浴びしてきな」
そう言うと奥さんは棚からふかふかのタオルを何枚か取り出し、男に渡す。
「僕たちはこの家で寝てほしいと思ってるけど、どうする?」
男は渡されたタオルを一枚俺の前に差し出しながらそう言う。
ありがたい申し出とその優しさに涙が出そうになるのをこらえ、喉から声を絞り出した。
「……ありがとうございます」
家の裏の井戸に案内され、そこで子供と一緒に遊びながら体を洗わせてもらった。
タオルで体を拭いて着替えをすまし家に入ると、机の上に何種類かの葉っぱが並べられ、奥さんが石臼でゴリゴリとそれらを擦り合わしている。
「薬草か!?」
「あら、知ってるのかい?」
それを見たウルスがそう言うと奥さんが反応し、二人で薬草について話し始める。
俺は薬草についてはよく分からず話に混ざれないで立っていると、旦那さんがコップに水を注ぎ手渡してくれた。
「薬草を知っているなんで、博識なお友達だね」
「ウルスは農家の家の育ちなんです」
男は「へぇ」と言いながらどこかへと続くドアがある方へと向かい、こちらに手招きする。
ついていくとそこはテラスで、真ん中にイスとテーブルが置かれていた。椅子に男が座ったので対面するもう一つの椅子へと腰を下ろすと、男が口を開いた。
「なに、疲れているんだろうけどお友達もあんな感じだし、自己紹介ぐらいはしておこうと思ってね。僕はエール、息子はランス、あそこで君の友達と話しているのは僕の嫁、シエリっていう名前なんだ」
「名も名乗らずにお世話していただいてすみません。僕はレオ、彼はウルス、奥で寝かせていただいているのはミアといいます。」
「いやいいんだよ、名前なんかより体調の悪いあの子を安全な場所に寝かせてあげる方が大事だっただけさ。……君たちは三人だけで旅をしているのかい?」
エールさんにそう聞かれ、言葉に詰まる。
本当のことを言ってどこかへ情報を漏らされたりしないだろうか、いっそのことペペ村の門番と話した時のように適当に嘘を並べられればいいのに、なぜかこの人にそうするのを躊躇ってしまった。
しばらくなんて言うか考えていると、ドアが空いて中からシエリさんが顔を出した。
「あんたたち何してんの風邪ひくよ! ほら早く入って今日はもう休ませてあげなさい!」
彼女はそう言い終わるとドアを開けたまま家の中へと戻っていった。
「……うん、今日は休もうか。あの子が完全によくなるまでしばらく泊まっていくと良い。その間に言えるようになれば君たちの事を教えてくれれば嬉しいな。」
エールさんがそう言い、家の中へと入っていく。
「すみません、ありがとうございます」
エールさんの優しい言葉に、僕は聞こえているか分からないぐらいの小さな声でそう言う事しかできなかった。
家に入ると二組の布団が用意されており、そこにウルスと潜り込む。
明かりを消して寝ようとしたが、さっきの事だけはウルスに相談したいと思い話しかけた。
「……ねぇ、この家の人に僕たちの事を話してもいいと思う?」
「いいんじゃないか? ここまでしてもらってるのに信じれないなんてそんな性格に俺はなりたくないね」
ウルスの言葉にハッとさせられる。
どこか故郷の国の事を思い出させるこの暖かい家の人たちを信じられなければ、今後どんな人をを信じられるというのだ。
(明日、言えるところまで伝えてみよう)
そう決心し、久しぶりに屋根の下で温かい布団に包まれる事のありがたみを噛みしめながら、僕らは深い眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます