第5話【トラブル】


 そのまま僕たちは興奮冷めやらぬまま少しの休憩を挟んだだけで進み続け、次の日には最初の目的地に定めていた森が見える場所まで来ていた。

 森が見えたところで一度休憩を取ることになり、三人とも地面に座りこむ。



「一気に進んだな、2人とも大丈夫か?」


「うん、大丈夫だけどちょっと急ぎすぎたね」



 疲労困憊で今日はもう歩けなさそうだと思いそう答えると、ウルスはまだ平気そうな顔をしている。

 しかし返事のないミアの方を見ると、頷きはするが相当疲れている様子だった。



「開けた場所だけど、今日はもうここで休みたいね」



 僕がそう言うと、ミアは少しだけ安心したように笑う。


 ウルスは僕らのそんな様子を見ると、すぐに荷物から布を取り出し地面へと敷いてくれる。

 三人でそこに座り直し水筒を回し飲み保存食の干し肉を食べるが、ミアはそれに手を付けようとはしない。



「食べといた方がいいよ」


「今日は食べれなさそう、ごめん。もう寝るね」



 そう促しては見たものの、やっぱり今日は食欲がないらしい。

 心配になるが、横になり寝ようとしているところに何度も話しかけるのはやめといた方が良いだろう。

 ウルスもそれを理解してか声を掛けることはせず、僕たちはミアが起きないようにその日は特に会話もせずに寝ることにした。




 翌朝、まだ体調が悪そうなミアを見てもう一日ここで休もうと提案するが、ミアは進むと言ってきかない。

 足を引っ張りたくないのか、何度言っても意見は変えず強情なミアを見て、僕とウルスは渋々先に進むことに決めた。



 森まで時間をかけて進むがミアの顔は進むごとに青ざめ、ここから険しくなっていく森の中をこのまま進めるような状況にないことが見て取れる。



「今日はもうここまでにしよう」


「ハァ……ハァ……まだいけるよ」



 息も絶え絶えなのにまだ強情なミアにどうしたもんかと考え、言い方を変えてみる。



「いや、今は食料や素材を獲っておきたいんだ。後でやるか今やるかだから結局進む距離は同じになるよ」



 そう言うとミアは諦めたようで、その場に腰を下ろした。それを見てすぐにウルスと手分けして少しでもミアが休めるようにテントを作り、寝床を整える。

 「大丈夫」と拒否するミアを半ば無理やり寝かせた後、ウルスと今日の予定を考えることにした。



「僕は何か元気の付きそうな食べ物を探してくるよ、ミアの事は任せてもいい?」


「おう、俺は見える範囲で薬草がないか探してみるわ」



 農家の家庭で育ったウルスは植物に詳しく薬草も見分けられる。この森に見知った薬草が生えているかは分からないが、見つかればミアの体調も良くなるだろう。

 お互いに健闘を祈りあい、僕は一度森の奥へと入ってみる事にした。



 森をしばらく進むと川が流れていて、その周囲を探すと獣の糞が所々に落ちている。

 どんな獣かは分からないが、そのサイズからはそんなに大きい獣ではないことが見て取れ、ミアがあの状態の今でも大きな脅威にはならなさそうだ。


 ふと何か目に入った別の色に気付き木を見上げると、大きくて丸い美味しそうなリンゴがなっていた。



(これならミアも食べられそうだな)



 そう思い木に登り数個取ったところで、木に登るまでは気づかなかったが川の対岸にウサギいるのを見つけた。


 ゆっくりと大きな音を立てないように木から下り、足元の石を拾って狙いを定める。

 ウサギが地面にある何かを嗅いでいるところをめがけて思い切り投げつけると、俺が投げた石はウサギの頭をとらえ、動かなくなった。



「よしっ」



 無事に新鮮な肉が取れたことに喜びの声が漏れた。まだ探索出来そうな時間は残っているが、体調の悪いミアもいることだし早めに戻ることにする。


 拠点へと帰ると、ウルスが心配そうにミアの横に座っていた。



「どうしたの?」


「あぁレオか、ミアが熱を出してるんだ」



 ミアを覗き込むとその顔は赤くなっていて息も荒い。あれだけ雨に打たれてろくに休憩もとらずに進んできたせいで、風邪をひいてしまったようだ。



「薬草はなかったの?」


「あぁ、この辺には生えてなさそうだ……」


「そう……とりあえず濡れタオルで冷やしてあげよう」



 水筒からタオルに水を染み込ませミアのおでこに置いてみると、ミアが小さな声で「ありがとう」と呟く。

 本当は汗も拭いてやった方が良いんだろうけど、さすがにミアが嫌がりそうなので自分で拭けるぐらい回復するのを待つしかない。



「ミア、リンゴくらいなら食べられそう?」


「ちょっと…だけなら……」



 少しだけでも何か口にしておいた方が良いと、リンゴを切りミアの口元へ持って行くと、その小さな口で少しだけかじってくれた。



「俺はもう少しだけ薬草を探してくるわ! ミアは気持ち悪かったらレオに汗拭いてもらうんだぞ!!」



 ウルスは苦しそうなミアに居ても立っても居られない様子だ。

 大きな声でいきなりそういいながら立ち上がり、どこかへ行こうとする。


 それを呼び止め川があったことを伝えると、カバンを握り一目散に走っていった。



 あんなに必死なウルスは久しぶりに見た。あまりの勢いに笑っていると、ミアが僕の袖をつかんでくる。



「……ねぇ……体拭いてくれる?」



 予想外の言葉に持っていたリンゴを落としてしまう。

 なんて言おうか返事に困っているとそれを察したのか、ミアは言葉を続けた。



「ウルスがあれだけ……心配してくれてるんだから……早く治さなきゃいけないでしょ……目つむってね」



 よわよわしい笑顔を見せるが、苦しそうにそう言うミアの目はからかっているわけではなく真剣そのものだった。



「わかった」



 そう返事をして、ミアが起き上がろうとするのに手を貸す。

 ミアの体温は高く、服も汗で湿ってきていた。

 汗を拭くだけじゃなく着替えないと体が冷えてしまいそうなので横に置いてあるカバンからミアの着替えと新しいタオルを取り出す。



「目つむるから、僕の手を誘導してくれる?」



 後ろから抱え込むような体制になり、目をつむりミアの服を体に触れすぎないように脱がせるが、その下からもっと湿った下着が出てきたのでそれも脱がせる事にした。

 そこからどうしたものかと数秒考えていると、ミアは僕の手にタオルを握らせる。


 強すぎない力でミアの体をやさしく拭いていく。

 素手で触ってしまわないように細心の注意を払って上半身を拭き終わると、ミアに替えの下着を手渡された。

 何とか下着と服を着せて目を開けると、ミアはさっきよりも赤い顔で「ありがとう」と言った。



「う、うん。……下はいいの?」



 さっきまでの緊張でおかしくなったのか、変なことを聞いてしまったと口に出した後に気付いた。

 それをごまかそうとして「あっ、いやっ」などと言っていると、ミアにニヤっと笑って「変態」とだけ言いからかってくる。

 言葉選びは失敗してしまったけど、からかえるくらいには元気なことに安心できた。



「早く寝なよ!」



 それだけ言うと寝転がるミアに布をかぶせ、テントを出る。



 ウサギを解体しながらウルスの帰りを待っていると、ウルスはトボトボとうなだれながら帰ってきた。


 

「無かったの?」


「おう……」



 見つからなかったことは帰ってきたときの態度から伝わったが一応聞いてみると、やっぱりその通りだったようだ。



「元気出してよ、ほらウサギ獲ってきたからこれでも食べよう」


「……役に立てなくてすまん」


「ウルスが謝る必要なんかないよ、ミアも体拭いたら楽になったみたいだし少し見守ろう」



 そう言うとウルスはミアの方をちらっと確認し、驚いたような丸い目で僕とミアを交互に見る。


「ミアが頼んだのか?」



 なぜかニヤつくウルスの表情から、からかおうとしてきている事がすぐに分かった。



「ウルスが心配してくれてるから早く治さなきゃって言ってたよ」



 それを止めるようにミアが言ってきたことをそのまま伝えると、ウルスはからかおうとしたことに少し反省したようで「そうなのか」とだけ言い、それ以上追及してくることはなかった。


 その後、火をおこし解体したウサギを焼いているとウルスが気になる事を言ってきた。



「薬草の茎は見つかったんだけどなぁ……薬になる部分の葉っぱだけ無くなってたんだよ」


「……薬の部分だけなくなっていたの?」



 僕たちが薬草として使っている植物はどれも匂いがきつく、獣が食べているところを見たことがない。



「もしかしたら誰かが採りに来てるのかも……人間族かもしれない、少しだけ警戒しておいた方がよさそうだね」



 そう言うとウルスはその可能性に気付いたらしい、真剣な顔で返事をする。



「なんか怖ぇな……誰かが近づいたら分かるような罠とか知らないのか? 作っとこうぜ」


「そうだね、そうしよう」



 ウルスのその提案に同意し、二人で何かが当たると音が鳴る罠を周囲に何個か設置する事にした。

 設置し終わったころにはもう日が落ちていて、木のせいで月の光も入らない森の中は真っ暗闇となっていた。



 獣を寄せ付けないように少し火の勢いを強め、ウサギじゃ物足りなかったので干し肉を炙って食べようとしたその時、仕掛けた罠からガランガランという音が鳴る。


  一瞬で”魔術”を発動し、臨戦態勢に入る。ウルスも荷物からナイフを取り出して構えている。



「誰だ!!」


「待ってくれ! 敵じゃない!!」



 ウルスがそう叫ぶと、音の鳴った方から焦ったような男の声が返ってきた。


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