第8話【悪魔】


 それから僕たちはエールさんに人族の常識、使われている通貨の価値、人族の国への入り方、旅の道中に使えそうなサバイバル術まで、色んな事を教えてもらった。

 更に次の日には狩りに出て、お金に変えられる素材と食料を少しずつ貯めることが出来た。


 その間にミアの体調もシエリさんの薬が効いたのか徐々に回復して来て、ウルスは次にどんな事があっても対応できるようにと、シエリさんから薬について学んでいる。

 やる事は多いが束の間の幸せな日々を堪能し、もうミアの体調はほぼ万全になってきているので別れの時が近いと感じていたその日、事件は起きた。



 珍しくウルスも狩りに同行したいと言い出し、エールさんと三人で森に入ったが何故か獣が見当たらない。

 しばらく探したが気配はなかったので、最低限の成果として果物だけでも持って帰ろうと、エールさんたちと出会う前にリンゴを見つけた川の近くまで向かう。


 するとその川沿いには、まだ完全に消えてはいない焚き火の跡があった。


 その何者かの痕跡に、スキルを発動させて臨戦態勢を取る。

 するとガサガサと音を立てながら、森の中から数人の人族らしき男達が出て来た。



「おっ、なんか居るぞ。コイツらか?」



 その中の一人が森の中へ声をかけると、見たことのある顔が木の影から出て来る。

 よく顔を見て思い出してみると、それはぺぺ村で絡んできた若い男達の中の一人だった。



「いや、違うな。だけどもうコイツらで良いだろ」



 あの時ウルスのスキルで変身していた僕の姿を探しているのだろうか、お目当ての人物では無かったようだが、その言葉から何か危害を加えようとしていることは分かる。



「何だ君たちは!」



 エールさんがそう声をかけるが、男達は言葉を返さず馬鹿にしたような笑みを浮かべ、腰に装備している剣やナイフではなく握りしめた木の棒を構える。



「痛めつけろ。殺さないようにな」



 ぺぺ村の男がそう号令をかけ、他の男達が武器を手に持ちこちらへ進んでくる。

 集団で襲って来ているにも関わらずこちらを舐めているのか、その動きはバラバラで野生の獣の群れの方が連携が取れている。



「僕に任せてください」



 そう呟き、一歩前に出る。

 この三人の中じゃ、獣相手の経験しかないけれど僕が一番戦闘に慣れている。

 殺したくはないが、攻撃して来る相手に手加減できるほどの余裕はない。



 まずは手前の一人目、分かりやすく振りかぶって殴ろうとする棒を避けるまでもない。

 魔力の刃を横向きに振り、体ごと真っ二つに薙ぎ払う。

 二人目の男は目の前の男の体が二つに別れた事に動揺したのか、一瞬足が止まる。

 その足を、一人目を切った反動を勢いに変え切り飛ばす。



 するとその他の男達は距離を取り、木の棒を捨ててそれぞれ腰から下げている武器を取り出した。



(残り三人……!)



 食べる事を目的とした獣相手の狩りとは違い、無駄な命を奪った事に体の芯から冷えてくるように感じるが、まだ敵は残っている。


 こちらも構え直し、一度深く呼吸をして息を整えた。



「な、何なんだお前!!!」



 ぺぺ村の男が震えた声で叫ぶが、それはこっちのセリフだ。

 いきなり現れて危害を加えようとしてきた癖に、なぜ反撃を喰らわないと思っているのかが分からない。


 男たちは最初握っていた木の棒とは違い、今は殺傷能力の高い武器を構えている。

 連携を取られれば危ないと判断し、次はこちらから仕掛ける事にした。



 敵の布陣は手前に二人、奥に一人。手前左側のナイフを構えた男が半歩前に出ているのを確認し、左斜め前へとステップを刻み飛び込む。


 先に仕掛けられると思わなかったのか、男は驚き体重が後ろに傾く。

 それを見て体までは届かないと判断し、ナイフを握る手に狙いを変える。

 手首に向かって刃を振り上げると、その手首は武器を握りしめたままどこかへと飛んで行く。



 手首から先が無くなり、叫び声を上げる男を、手前にいたもう一人の男の方へと蹴り飛ばす。

 倒れ込んだ二人の男を無視し、後ろで怖気付いて腰の引けているペペ村の男の首を飛ばし、もつれて転がる二人の男にとどめを刺すと、再度大きく深呼吸をした。



「……つ、強いんだね……助かったよ」



 少しの静寂の後、エールさんがそう声をかけてきた。

 少し引かれているような気がするが、そんな事よりもとにかく全員無事でよかった。



「レオ……大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ」



 ウルスは何か言いたげだが、それ以上言葉は続けない。

 命を奪ったことに対する精神的な物への心配をしてくれているんだろうけど、今この状況でそれについて考えると動けなくなりそうだ。

 それ以上追及をして来ないウルスの気遣いに心の中で感謝する。



「一回家に帰ろう、もしかしたら仲間がいるかもしれない」



 自分達にとっては歩き慣れているが、もし追手がいるなら森の植物や地形がその足の邪魔をするであろう道を通り、急いで三人が待つ家へと帰る。


 しかし家という安全地帯であるはずのその場所は、もうすでに何者かによって荒らされてしまっていた。

 外と隔てる玄関ドアがあるはずの場所には元から何もなかったかのようにポッカリと穴が空き、そこから見える室内も見るからに荒れている。


 その光景に僕達三人の足が止まる。


 エールさんは最悪の事態を想定したのか、その場で膝をつき声にならない声を出す。

 ウルスはそんなエールさんを気遣うように彼の背中に手を伸ばし、こちらも恐怖から足が動かないようだ。



(まだ中に敵がいるなら、気付かれてない今しかチャンスはない)



 そう考え、動けなさそうな様子の二人を置いて"魔術"を発動し、家の中に飛び込む。

 綺麗に整えられていたはずの室内は荒らされ、温かみのある木製のダイニングテーブルがあったはずの部屋の中心に、血まみれのシエリさんが倒れていた。


 その光景により悲しみや心配、様々な感情が頭の中を暴れ回る。

 整理のつかない感情の中、奥に背を向けている筋骨隆々の男が視界の端に映った。

 その瞬間僕は無意識に、後ろからその男の心臓を目掛けて刃を突き立てていた。


 血が噴き出し、呻き声を上げる男越しに無精髭の男が剣を振り上げているのが見えた。

 咄嗟に後ろに下がると、僕が刺した男は肩口から腰にかけて二つに体が切り離される。



「なんだテメェ……おい、その女運んでこい」



 無精髭の男が部屋の奥へと声をかけると、中から気を失った状態のミアを肩に担いだ別の男が出て来る。



「……ッ! その子をどうする気だ!」


「ウルセェよ、この女が殺されたくなけりゃ外に出な」



 質問の答えは帰ってこないが、一つだけわかる事がある。

 このまま戦えば、ミアは殺されてしまう。

 男の言葉に従い仕方なく外に出ると、どこに隠れていたのか家は十人ほどの男たちに囲まれ、ウルスもエールさんも縄でその体を縛られ捕えられていた。



「おいガキ、大人しく捕まるか全員殺されるか選んでいいぞ」



 無精髭の男がそう声をかけてくるが、簡単に諦める事は出来ない。



(シエリさんは殺された……エールさんもウルスも多分何もできないだろう……どうすればいいんだッ!!)



 あまりにも絶望的な状況に、どれだけ頭を回転させても解決策は出てこない。



「おい、答え…………」



 表情や目線から思考を読まれないように顔を伏せて考えていると、返答を急かそうとする男の声は何故かそこで止まる。

 何かあったのかと見上げると、どこかから現れたランス君が、男の足にナイフを突き立てていた。



「お母さんを返せ!!!」



 少年はそう叫び、涙を流しながらナイフをもう一度振り上げる。



「イッテェな……舐めた事してんじゃねぇぞクソガキが!!」



 男は自分の腰よりも背の低いその少年を蹴り上げると、倒れた相手に容赦せず怒りのままに更に暴行を加え始めた。

 ガッガッガッと人が殴られる音が周囲に響き渡り、少年は打ち上げられた魚のようにその小さな体をビクビクと壊れたように震わせる。



「……やめてくれえぇェェェエぇぇッッッ!!!」



 目の前の光景を理解出来ず、何も出来ずにただそれを見ていると、エールさんがそう悲痛な声を上げ暴れ出した。

 しかし息子の方へ走ろうとするエールさんは体に括り付けられた縄によって阻まれ、地面へと倒れ込んだ。


 彼を縛る縄を持っていた男は、エールさんの勢いにバランスを崩した事に気分を害したのか、眉間にしわを寄せ舌打ちをする。

 それだけではなく、躊躇なく腰から剣を抜き、倒れるエールさんへとその刃を突き立てた。

 呻き声を上げ、彼の頭は力なく地面へとぶつかり鈍い音が鳴る。



「……やめて下さい! 抵抗はしません!! お願いです!!!」



 いつのまにか自分の目からは涙が溢れ出し、そう叫んでいた。

 "魔術"を解除し、立つ力も無くなりその場に膝をつくと、囲んでいた男達が近づいて来て体を縄で縛られる。

 涙を拭くことも出来ずに絶望し地面をただ見つめていると、無精髭の男が近づいて来て髪の毛を掴まれた。



「安心しろや、お前らは商品だから殺さねぇよ。ストレス発散には付き合ってもらうかもしんねぇけどな」



 そう言い放ち、悪魔のように高々と笑う男にそう言われたこの瞬間、理解した。

 僕とウルスがウサギの丸焼きを好きで、ミアはそれよりも果物が好きだという話の、その先を想像していなかった。


 この世には肉でも果物でもなく、好んでゴキブリを食べるような理解の及ばない者も存在する。


 そして目の前の男が、そういう人間であるという事を。

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