第19話

いつもの私の家に着くと、彼はソファに座った。


私はとりあえず紅茶を作り、彼に出した。




しばらく沈黙が続く。




「あの…」



惚れたなんてありえない。

名前だって偽って。

何を言われるのかと思えば、この沈黙。耐えられない。




「……俺、別に名前なんてどうでもいいよ」


「え?」



「だって、名前なんて、呼んだ時返事してもらえればそれで十分なものでしょ」



彼は、ゆっくりと紅茶を口に含み、テーブルに戻すと、私を見つめた。



「俺は君が好きだけど、全部知りたいとか思ってない。ゆかりって君を呼ぶのは俺だけだろ?それに…流理って呼ぶより、君が教えてくれた名前で呼びたかったし」



真剣な瞳で見つめられる。



「あの日、甘い匂いがして振り返ったら君がいた。思わず裏路地なんかに連れ込んでしまったけど…。

近くで嗅いだら、より一層甘い匂いで。自分のやってることにやっと気づいて君の顔見たら、泣いてるし。

でも、すごく綺麗だった。

触れたら壊れてしまいそうで不安だった。

それでも、触れたかった」




彼はゆっくりと私に近づき、抱き寄せた。

そのまま私の首に顔を埋め、ゆっくりと頭を撫でる。



「何度も君を襲いそうになった。でも、君を不安にさせたかったわけじゃないし。

襲いそうになるたび、君から離れるのが苦しかった。

それでも、そばにいたかったんだよ」



苦しそうに言葉を紡いでいる。


私から彼を抱きしめ返したことは一度もなかった。それでも、今日はなんだかそうしたい気分だったのかもしれない。


そっと彼の背中に腕を回して、ためらいながら少しだけ力を込める。



彼の体がビクッと動いた。

してはいけなかったのかもしれないと腕を離そうとすると、「そのまま」と彼が言った。

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