第160話
泣き続ける私を、澄人は抱きしめ続けてくれた。
そして…。
「………ねぇ、璃久。
俺さ、……聞いたんだ」
「(………?)」
「璃久が泣いてんのってさ、その、
………秋信って、男のせい?」
「(………っ…)」
誰から…?
そこでやっと、自分の状況を私は理解した。
澄人に抱きついて、めっちゃ泣いてた。
とっさに突き放すように両腕で澄人から離れようとした。
でも、澄人はそれを許さないと言うように、私を抱きしめる力を強くする。
理解できないそんな澄人の行動に困惑した私は、小さなパニックを起こしてしまった。
一般人相手に、全力でその腕を振り払う。
「痛っ…」
「(あ……)」
当然、澄人の体が軽く吹き飛び、地面に強く背中を打ち付ける。
慌てて手を貸して起き上がらせようとしたが、その手を戻した。
…理解できない相手の行動は、読めない。
何をされるかもわからない相手に、しかも一度突き飛ばした相手に、簡単に手を貸せるほどの度胸はなかった。
『ごめん。突然で、驚いて…。
怪我は、…?』
「大丈夫。…俺の方こそ、驚かせてごめん」
「(…………)」
気まずい空気が流れる。
かける言葉も見つからず、
近寄ることもできず。
先に口を開いたのは、澄人だった。
「………秋信とは、恋人だったわけじゃないんでしょ?」
「(…………)」
「ずっと一緒にいたって、家族みたいにいた人、なんだよな」
『なんで、知ってるんだ?』
澄人はハッとしたような表情を浮かべた。
それから少し苦い表情をする。
「……俺の姉ちゃん、ルナなんだ」
「(え…)」
「つっても、2年前くらいから。
ちょうど、ルナが再興し始めた時にな。
………理由はなんも言われなかったけど、ある日突然帰ってきたと思ったら、"私、ルナっていう裏の組織に入ったから"って」
「(…………)」
「その姉ちゃん、今秋信ってやつと仕事しててさ。…姉ちゃんから、聞いたんだ」
「(……………)」
本当に、世間は小さい。
こんなところまで、繋がりがあるなんて。
……って、違うか。
そのお姉さんの故郷ならと、誠がミツナをここに住まわせたのかもしれない。
薄情な人ではあるけど、誠は物事の利益についてその目測を誤ることはない。
澄人の姉が、ちゃんとルナにとって不利になる人材ではないと判断してのことなのだろう。
『澄人も、ルナか?』
「いや。俺は違うよ。
ミツナさんのことは頼まれてるけど、それだけだね」
『………私の話は、いつ聞いた?』
「つい最近だよ。1週間前くらい。
……気になる女の子がいるんだって言ったら、その女の子知ってるって、姉ちゃんが教えてくれた」
「(…………)」
私、そんなに目立ってたんだろうか。
まぁ、こんなに小さな村じゃな。
引っ越してきたのが、こんな若い女だったということもあるだろうが。
「…ねぇ、璃久。
璃久も、裏社会で生きてきたんだよね」
『そーだな』
「……人に恋をしたことは、なかった?」
「(………恋…)」
そんなもの、感じる余裕もない日々だった。
初めて会った人間に対する感情なんて、
"こいつは敵か、味方か"くらいのものだ。
常に全てを敵だと疑って生きて来なければ、生き残れなかった。
味方だと信じていた人が、次の日には敵になっている時も少なくなかった。
恋…?
なんだ、それは。
どんな感情?
それよりも、それは必要なのか?
『……そんなものは、必要ない』
「どうして?」
『生きていくために必要なのは、相手が自分にとって有益か害悪かどうか見極めることだけだ。
……恋だ愛だなんて言ってる奴ほど、あっという間に殺される』
「それは裏社会では、ってことだろ?
ここは表社会だよ。
璃久は、表社会と裏社会どっちで生きていくかを決めるために今ここにいるんじゃないの?」
「(………っ…)」
「………璃久は、裏の生活しかまだわからないんでしょ?」
図星だ。
私は、自分に選択肢を増やしておきながら、頭の中では裏に戻ることしか考えてなかった。
澄人が、砂を払いながらゆっくり立ち上がる。
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