第161話




「…さっき抱きしめてて思ったけど、その背中に隠してるのは武器か何か?」


「(…………)」


「袖にも何か隠してるよね。

…あと、腰にも二つ、固い感触がした」


「(…………)」






じりじりと、澄人が私の方に歩を進めてくる。

それと同じだけ、私も後退した。




でも、ついに背中に木があたり、それ以上下がれなくなる。






相手は一般人で、武器の一つも持たない人間なのに。



得体の知れない、今まで感じたことのない怖さに、とっさに袖からナイフを滑らせて構えた。






「(こっちに、…くるな…っ)」


「俺は、璃久に危害を加えるつもりはないよ。

近寄られたくないなら、これ以上近寄らない」


「(………っ…)」


「ねぇ、璃久。

璃久の見てる世界は、狭すぎるよ。

もっと、…もっとさ、表社会に踏み込んでみてもよくない?」


「(…………っ)」








ナイフを持つ手が震えた。


澄人は、自分の言った通り足を止めたまま近づいては来ない。




それなのに、私の中の何かをぐちゃぐちゃにかき乱してくるような、そんな…。



わからない。


ただ、怖い。








「……ねぇ、璃久。

俺がさ、璃久に表社会の普通を教えるよ」


「(え…)」


「だって、このままじゃ選べないだろ?

裏のことしか知らないんだから、表社会の人間になろうなんて思えるわけがないんだ」


「(………)」


「俺は表の人間だけど、姉ちゃんが裏の人間だから少しだけ裏のルールとかも知ってる。

踏み込んじゃいけない話題とかも。

……でも、璃久は今さ、裏の人間でも表の人間でもないだろ?」


「(………私、は、…)」







ふと、自分の足元がガラガラと崩れていくような感覚がした。



どこを立っているのか、わからない。





いつも背中合わせで立っていたと思っていた幸架と、私は今全く別の場所に立っている。





じゃあ今、私はどこに、いるの?










カラン、とナイフが足元に落ちた。


思わずその場でうずくまる。









焦ったような澄人の声がした。












目の前が真っ暗になる。



わからない、わからない、わからない。














怖い。









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