第157話



「璃久⁉︎そんなところで撃ったのか⁉︎」


「(あ)」




いつもの癖で、ついその場で少し休んでしまった。


こちらを見上げて愕然がくぜんとする澄人を見て、やばい、と冷や汗をかきながら笑ってかわす。




そこまでの高さはないし、地面は枯葉の絨毯。

飛び降りても問題はない。


そう思って飛び降りようとした私を、澄人が慌てて止める。





「ダメダメダメダメ!

今おじさん呼んでくるから!

ぜっったい動くなよ?」





そう言って走って行ってしまった…。


もちろん絶対待たないぞ、私は。






私は遠慮なく飛び降りて着地した。






そういえば、銃の構えも体の使い方も、鈍ってはいても忘れてはいなかった。



染み付いた習慣は、容易に消えないものらしい。






脱ぎ捨てていた上着を拾って着なおし、何もなかったかのように荷物を背負い直す。


それから位置も移動し、登っていた木がどれかわからないようにした。





………これで誤魔化せればいいのに。






「あっ、いた!って、降りてるし⁉︎」


「おー?なんだぁ?澄人。

お前、ついに幻覚でも見たかぁ?

璃久ちゃんが可愛すぎて、天使にでも見えちまったってか。あはは!

璃久ちゃんの美人さんだかんなぁ〜」


「なっ!」




顔を真っ赤にする澄人を肘でつつくおっさん。


何を言っているのかはさっぱり理解できないが、木に登って猟銃をぶっ放す天使なんてものは存在しないと思う。





『行こーぜ』






私は鹿を仕留めた方向を指差し、自ら先頭を歩き始めた。


澄人はまだ納得していない表情をしていたが、知らないふりをする。





10分ほど歩いて、ようやく鹿のいる場所にたどり着いた。





「璃久ちゃん、よくこんな遠くにいた鹿見つけたなぁ」


「…璃久の猟銃、スコープ付いてないよな…」





関心しているおっさんの隣、澄人がボソリと呟いた言葉に、どきりとした。


……まずい。

さすがに怪しまれたか…。





「これ、1人一頭持って帰ればなんとか行けそうだな」


「そうだね。でも璃久は持てないんじゃない?」


「あー、そうかそうか。

じゃあ荷台でも引っ張ってくるか?」


『あ、いや。持てるから大丈夫』


「え」




持てる、とジェスチャーすると、さすがの2人も固まった。



私は鹿に近寄り、持ってきた縄やその辺にあった木の棒を組み合わせて引っ張れるようにした。



それを見た2人も、各々自分が持ちやすいよう鹿を縛る。





「……璃久って、こういうの慣れてんの?」


『いや…。

昔、無人島に遭難したことがあったから。

まぁ、だいたい私が駆けつけた時点で相方が獲物仕留めてたから、こうやって持って帰ることばっかしかやらなかったけどな』


「え⁉︎」





それが訓練だった、なんてことは言えないため、ぼかして話した。




そもそも私が裏の人間であること自体、普通に言えるようなものではない。



表の人間からすれば、裏なんて虚構の造物に違いないのだから。


それこそ、ライフルを持ち歩いている人間がいる、なんてことだって。






「怖く、なかった?」


『何が?』


「無人島。助けが来るまで、不安だったんじゃない?」


「(……………)」






………助けなんて、来なかった。


自分で無人島から脱出して戻ってこいと。

そういう訓練だったから。




私は幸架と2人で木の船を作った。

海にいる間に食べられそうなものも、海水を蒸発させて作った塩と釣った魚で干物を作って。


それでなんとか脱出したのだ。





『………ずっと、2人だったからな』


「2人?」


『そう。…だから、助けなんて来なくても、乗り越えてこれたんだ』


「…………」







今はもう、隣にいないけどね。








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