第156話


〜・〜




「(………あ…)」



あれから約1時間たったころ。

水の音がした。

それを飲む何かの音も。




これは…3匹………鹿、か?


顔を上げ、音の方向に視線を向ける。

木が多くて見にくいが、やっぱり三頭、鹿がいるのが微かに見える。






私は澄人の肩を叩き、音のする方向を指差す。





「璃久?どうした?」


『3匹、鹿。川にいる』


「川って…。ここから離れたところにしかないよ」





え?と首を傾げ、私は音の方向を見た。


かなり見えにくいが、3匹の鹿がいるのは確かだ。

見えるし。





これなら、普通の人間でもスコープ越しに見ることができるはずだ。





『スコープで覗いてみて』


「わかった」





澄人が猟銃を構え、スコープを覗き込む。

澄人の隣では、おっさんが同じようにスコープを覗き込んでいた。





「…………俺には、見えないな」


「俺にも見えんなぁ」


「(……?…………あ)」





私は思わず自分の口に手を当てた。



そうだった。

この人たちは猟師であって、狙撃手ではない。




普通の人でもスコープ越しになら見える、と思ったが、私にとっての普通が'"普通の狙撃手"という基準であったことを忘れていた。


というか、考えてなかった。





毎日狙撃練習や訓練をしているわけではない人たちに、見ろという方がおかしな話だ。





『ごめん。気のせいかも…』





さすがにここまでくれば怪しまれる。

今は表にいるのだ。


ならば、郷に入れば郷に従えの通り、お前の"あたりまえ"にのっとって合わせるべきだ。



さっきは危機回避のために仕方なかったが、今回はこちらに被害が出るほどの獲物ではない。




誤魔化すか…。




と思っているのを見透かすように、澄人が口を開いた。





「璃久には見えてるんだよな?」


「(え…あ、………)」


「ならさ、せっかくだし、見えるなら撃ったらいいんじゃないか?」


「おお!そうだな。

見えるならやってみるのがいい」


「(え)」





さぁさぁと背中を押される。


2人は枯葉をどかし、むき出しになった地面にこの辺の地理を書き出し始めた。

私が言った位置を検討しているようだ。



……撃つしか、ないか。





そっと足音を殺して2人から離れ、あまり葉が散っていない木を探した。


それを見つけた後、撃つのに邪魔な上着を脱ぎ、木を登っていく。




さすがにこんな姿を見られたくはないので、2人から少し離れた位置の木を選んだ。






鹿が見える位置を探し、ぐんぐん登っていく。


ちょうどいいポイントで枝に座り、銃を構えた。






目測で、距離は約1.5キロ。


辺りにいる人間はあの2人だけ。





この銃は手動式。





連射するなら早めに、そしてあまり標準を動かさないようなるべく反動はんどうを減らして操作したい。






鹿を見つめる。


こちらには、気づいていない。






動物の勘は鋭い。


こういう場合、少しでも"気"を変えてしまえば気づかれる。





わずかでも撃つぞという気配や殺気を漏らせば逃げられる。






でも実際に猟の経験をしたことはない。

無人島に放り投げられた時は罠を使ってはめていたし、いつのまにか幸架が狩ってきた動物をさばいて食べてたし。


どこを狙えばいいのかはわからないが、とりあえず頭を撃ち抜いておけば確実だろう。






ふぅ、と息をついた。







……………いける。











今日の風は微風。向きは東西。

こちらが風下。












──パァーンッ!














1発目、当たり。


続いて2発目、3発目。





一頭目を仕留めた時点で、残った二頭がパニックになっている。


その間に二頭目を仕留めた。



三頭目は危機感を感じて逃げかけていた。

でもその行動は予測済み。



どっちの方向に投げるかも予測していた。




三頭目もしっかりその頭を捉える。





三頭とも動かなくなったのを確認し、

再び息をついた。












「(………久々すぎて、にぶってるな)」
















ほんの少し、苦笑を漏らした。








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