第154話
「おっ!璃久ちゃん!来た来た〜!」
私は軽く頭を下げ、おじさんにあいさつをした。
しかし昨日とは違い、若い男がその隣にいる。
彼も猟銃を持っているところを見ると、今日一緒に行くメンバーの1人らしい。
「あ、璃久ちゃん。
こいつぁ〜、俺のお隣さんなんだー!
長男でなぁ」
「俺、
俺、手話できるから、たくさん話しましょう」
「なんだぁ〜?口説いてんのかぁ!お前ー!」
ケタケタとおっさんが笑いながら、青年──澄人の背をバシバシ叩いた。
澄人はそれを笑ってかわす。
『私は璃久。よろしく』
「ん。よろしくお願いします」
『敬語じゃなくていいぞ』
「そう?じゃあそうさせてもらう」
「なんか、手話ってやらしいな!
何言ってっからわかんない俺からすると、2人で秘密の会話してるみてぇーだ!」
手話で会話をする私と、それに答える澄人を見ておっさんが豪快に笑う。
つーか、秘密の会話って…
「おじさん。璃久がびっくりしてるでしょ。
ほら、早く行こう?」
「おう!今日こそは狩るぞー!」
猟銃を肩にかけ、楽しそうに話をする2人について歩き始めた。
昨日は写真を撮りに1人、静寂が広がる森に入った。
誰かが一緒ってだけで、こんなにも雰囲気が変わるもんなんだな、と。
少し明るい空気が流れ始めた森を感じ、そんなことを考えた。
「おじさん。今日はどの辺にいくの?」
「今日は南だな。
昨日歩いてる時に足跡を見た。
南に向かって木の皮もハゲてる」
「なるほど。鹿も木の皮食べるもんね。
でも、この時期は木の実とかあるはずだよな」
「そうだな…。
まぁ、今年は変な雨も降ったしな。
畑もそれでやられただろ?
実りが少ねんだろ〜」
「あー。なるほど」
変な雨…?
『変な雨って?』
「あぁ。なんか、都心の方でテロリスト?の事件あっただろ?
それで大気状態が悪くなったから、その影響で汚染された雨が降ったんだ」
『テロリスト………』
もしかして、ルナと無名組織残党が衝突したあの時のことか?
たしかにあの時は酷く空気が淀んでいた。
お互いに手榴弾やら薬弾やら使ってたからな。…。
「あ、澄人ー、璃久ちゃん、聞いてくれよ〜。
俺の家内がさぁ〜」
「あー。惚気話?璃久にまで聞かせてんの?」
「いいじゃんかよ〜。
こんなちっせえ村なんだから、老いぼれの話し相手くらいなってくれよ、若者〜」
そうして始まったおっさんの奥さん自慢を聞きながら、森を南に向かって進んでいった。
森の中程までくると、探すことに集中しているらしい2人は黙り込み始める。
私もほんの少し耳に意識を集中させながら歩いた。
しかし、小動物の気配はしても、鹿の足跡や動くような音は聞こえない。
昨日の発砲で警戒しているのか。
と、私は足を止めた。
何か、重い足跡が聞こえる。
「ん?璃久ちゃん、どうした?」
「(……………)」
それに気づいたおっさんが足を止め、続いて澄人も足を止めた。
私はシィっとジェスチャーを送り、耳をすませる。
──ガサッ、ガサッ、ザッ…。
枯葉と土を踏む音。
かなり離れてはいるが、このままだと接触する可能性がある。
かなり重さのあるような、そんな、…。
『熊がいる』
「えっ」
「なんだなんだぁ?
澄人、璃久ちゃんなんて言ったんだぁ?」
私は手話で距離や足跡についての詳細を澄人に伝え、澄人がおっさんに口頭で伝言した。
話を聞いたおっさんの表情が険しくなる。
「そりゃ避けたほうがよさそうだな。
璃久ちゃん、熊がどっちに向かってるかわかるかい?」
「(…………)」
私は耳をすませる。
熊がいるのは私たちから見て西。幸い熊がある場所が風上で、こちらにはまだ気づいていない。
たいして私たちがいるのは、熊から見て風下。
風向きが変わる前に逃げたい。
私は熊がいる方向を指差し、歩いて来た道を戻るべきだと手話で伝える。
熊の歩いている方向を考えれば、戻るのが1番安全そうだ。
2人は頷き、私たちは道を引き返し始めた。
予想は当たり、私たちは熊と接触することを避けることができた。
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