第145話
──何してんだよ!
──俺のお願い、聞いてくんない?
──それよりっ、早く服、
──陸についたら、俺に名前くれない?
──………え?
幸架は再び泳ぎだし、私に話しかけ続けた。
──文字とかはいらない、簡単なのでいいよ。………だから、考えてよ
──なん、
──羨ましいと思ってたんだ!
…俺も、リクみたいに呼びやすそうな数字なら良かったのにって、思ってたからさ
──……っ、
──だからさ、もう少しだから。
俺にしがみついててくれればすぐ着くから。
リクが俺の名前考えてくれてる間に、あっという間に着くから。
ズボンひとつしか着ていなくて、なおかつ私を担いで泳ぐ幸架の方が苦しかったはずなのに。
顔色だって、私と変わらないくらい真っ青で。
唇まで、色をなくしていたのに。
寒さで身体が震えていたくせに。
そう言いながら、私を安心させるようににっこりと笑って。
──絶対、この手を離さないで
幸架にしがみつく私の手を握り、彼は片手と両足を使って泳ぎ続けた。
そうして、幸架は本当にあの距離を、私を担いだまま泳ぎ切ったのだ。
でもけっきょく陸につく直前に幸架は意識を失った。
私は幸架の服のおかげか、陸についた頃には少しだけ動けるようになっていて。
借りていた服は濡れていたから、着せるのは良くないと思った。
どうしよう、どうしようと考えている時、1人の少年が服を差し出してくれたのだ。
今思えば、あれはゼロだった。
"これ、使って。
濡れてないし、砂浜にあったからあったかいよ"
私はその言葉に甘え、それを幸架に着せた。
そのあとは、ゼロと一緒に火を焚いて幸架をさすって温め続けた。
そうして幸架が目を覚ましたころ、いつのまにかゼロはもういなくなっていた。
そしてのちのち話を聞いてみると、幸架はゼロを追って泳いでいたらしい。
"いつも人より先に行動する子がいるから、その子を追えば何とかなるかと思ってさ"、と言っていた。
「なんか思い出してたのか?」
『うん。……私はたぶんさ、幸架がいたから父さんのこと、許せてんだ』
「………?」
『……きっとあの時幸架が死んでたら、私は父さんのこと…ルナ半壊のあの時、殺してたと思う』
「物騒だな…」
『ははっ。………でも、幸架は生きてる。
酷い話だけど、私はさ、私の大事な人はみんな生きてたから。
だから、それだけでいいんだ』
「…………」
人の命は平等。
でも、他人と大事な人を比べられたら。
自分にとっての人の命は、
その重さは、
平等にはできない。
『私、幸架に比べれば体弱かったからさ。
やっぱ、性別の体力差はあんだよな。
それに、幸架は筋力すごいだろ?
だから余計に私が死にかけてばっかに見えたんだろ』
「は?」
『だから父さんにも反発して嫌味言ってくんじゃね?』
「お前…知って、……」
私の耳の良さを忘れてもらっては困る。
電話越しとか、伝言役が誠に話しているのを聞いていれば、幸架と誠の不仲は考えなくてもわかるものだ。
クスリと笑ってやると、誠は苦い顔をした。
『私が自分で言うのもなんだけど、
幸架は私がいればそれでいー、みたいなところあったからな』
「…まぁ、誰が見てもそうだよな」
『だろ?でも、だからこそ私がいーって言えば幸架もいーって言う。
どんなに許せないと思ってることでも、私が'"別にいーんじゃね?"って言うと、そうですねって納得すんだよ』
「そこまでか」
『いや?それ以上だな』
「ヤバすぎんだろ」
私も誠も笑った。
幸架は何も言わないから、本心を知ることはできない。
でも。
一緒に過ごしてきた時間は、真実にしかならないのだ。
たとえどんな嘘が含まれていたとしても、
すでに起こった出来事は変わらない。
それこそ、何にも変わらない不変の真実。
「まぁ、…色々含めてゆっくり休め。
ミツナはこんな性格だからな。しかも天然だから、気をつけて見張ってやってくれ」
『あははっ、了解了解』
かすかに涙をこらえる音が聞こえているのは知っていた。
誠は聞こえてないだろうが、薄々気づいていただろう。
ミツナの肩は、小さく震えていた。
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