第108話



「木田さん」


「……なんだ」




怪訝な表情を浮かべる木田を、じっと見つめる。




この人は、自分を幸せな人間だと思ったことなど一度もないだろう。


生まれながらにして持っていたその地位も、権力も、愛情も。





そして彼が自分で掴み取って来た"友"や"愛する人"も。







きっと、



なにもかも それが当たり前なものなんかではないということも。


どんなに願って手を伸ばしても届かない人がいるということも。



生まれた瞬間に、それら全てを望むことさえ許してもらえない人間の……人間のなりそこないなど。






思い至りもしないのだ。










「………生きてても死んでも地獄なら、

生き物はどんな選択をすると思いますか?」


「………」
















どうせ伝わりはしないこの叫び。


例えるなら、…"52Hzの叫び"。

なんてね。








部屋を出た。


後ろから小豊と親則がちゃんと付いてきたいるのを足音で確認しながら歩く。





時間はない。

短時間勝負だ。





容赦はしない。


もしアズサと璃久が一緒にいるなら、もう1ヶ月も囚われたままということだ。


目的が璃久なら、もうすでに手遅れに近い可能性もある。






どんな手を使うことも、

惜しまない。










「最長でも15分で終わらせたいので、急いで行きますね。

運転荒くなりますが、それはご容赦ください」













璃久に手を出すと言うことは、


"そういうこと"だ。










自分の口角が、

微かに上がったのがわかった。






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