第106話



再び足元に気をつけながら浴室前に戻り、銃を構えたまま浴室のドアを開けた。



……誰も、いない。

でもさすがにここには痕跡があるはず。


白露があの状態なのだ。

行為を行ったのは確実。


それならば、シャワーくらい浴びて出ていっただろう。





しかし、床は乾き、鏡も曇っていなかった。

さらに、トイレ兼シャワールームになっているこの部屋のトイレットペーパーも、湿ってはいなかった。




「………おかしい。白露1人でここにいたわけじゃないのは確かなはず…。

もしかして、別の部屋を取っていたのか?」




だとしても監視カメラには映っているだろう。




とりあえず、俺ができるのはここまでか。





立ち上がり、この客室から出ようとした時だった。




ふと、ある違和感に気づく。









──俺は如月さんに報告してきます

──俺は医療班に連絡してきます










今連絡に行った2人はまだ帰ってきていない。

もう1人は入り口に待機させている。



でも、ここに突入してきた人数は5人。









………1人、どこに行った?











緊張しながらドアノブに手をかけ、微かにあけた。









「………、………………、…?」

「ーーーーーーーー、ーーー」

「……、…………。」








話し声が聞こえる。

上手く聞き取れない。




俺は静かにしゃがみ、自分の通信機からマイクを取り出した。


それをバレないようこっそり部屋の外に出し、音を立てないようゆっくりドアを戻した。





それから通信機の通信を切り、自分のマイク音だけを聞こえるように操作する。


音量を調節すると、見張りを頼んだ組員ともう1人の組員の会話が聞こえてきた。









「………あぁ。失敗したもんは仕方ないだろ。

つーか誰だってーのー」


「ほんとだよな。勘弁してほしいわ。

また俺ら怒られるぜ?」


「怒られるだけならまだいいだろ。

囮作戦の囮にされたらどうすんだ」


「うわっ…。それだけは嫌だ」


「ま、失敗してよかったんじゃね?

来たの、Xじゃなかったんだろ?」


「あー、それは思ったわ。

これで別人が今の白露みたいになってたら…。

俺ら、マジでツんでたな」


「ほんとな」









X…?誰だ?


それに、こいつらなんの話を…?







コツコツと足音が聞こえてくる。

小走りのやつな音だ。


それと同時に2人の会話も止まる。






「あれ、隊長は?」


「まだ中にいるよ」


「え!1人でか⁉︎」


「いや…俺も隊長と一緒に調べようと思ったんだけどさ…。

耐えらんなくて、トイレに…」


「おまっ…はぁ。もうそろそろ慣れろよな〜」


「お前だって吐きそうだったくせに!」







どうやら如月に報告に行った組員が戻って来たようだ。



俺は立ち上がり、通信を戻した。

音量も戻し、ドアを開ける。



「あっ、隊長。報告行ってきました」


「あぁ。如月さんはなんて?」


「今すぐ行く、と」


「そうか…」


「隊長!」





呼ばれて振り返れば、医療隊に連絡しに行った方の組員も戻ってくる。





「医療隊要請してきました。

今すぐここに向かう、と」


「そうか。それはよかった。

中の確認はできる範囲で終わった。

しばらく待機だ」


『了解です』






チラリと隊員4人を観察してみた。




如月に連絡に行った1人。

医療隊を要請しに行った1人。

ドア前で待機させた1人。

吐き気に耐えきれず、トイレにいた1人。


そして俺。






「あれ?隊長、マイク落としてますよ」


「え?………あ、気づかなかった。

すまんな」


「いやいや!

俺もさっきマイク落としちゃったので…。これ、ハズレやすいんですかね?」





そう言って、ドア待機させていた隊員の1人がしゃがみ、俺の通信機用マイクを拾って差し出してくる。




にっこりとした笑みを浮かべ、手のひらを上に出した俺の手にそれを乗せる。






「…………ご苦労」


「いーえいーえ。隊長こそ、お疲れ様です」


「あぁ」





俺はその後、急いで駆けつけてきた如月に、




"この4人はどこかの組織スパイである"






と如月に報告した。






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