第90話




「………幸架」


「………はい」


「…………悪かった」


「………え?」






ようやくふり絞られた木田の声は小さく、ほんの少し震えていて。


ポツリ、そう呟かれた言葉は、想像していたような叱責ではなく。





謝罪の言葉だった。







「なん、……」


「……璃久も湊も、何考えて俺らと接してんのはわからなかった。

でも、お前が俺らを"そういう目"で見てたのはわかってた」


「……………」


「お前の反応の方が正しい。

…あんな風に親密に接される方が、俺にも理解できない」


「それじゃあ、どうして今更謝ったんですか。何に対しての、…謝罪なんですか」


「………」





あんな実験をして"悪かった"?

あんな風に監禁して"悪かった"?

何も聞きもせずに疑って"悪かった"?




それは、誰に対しての謝罪なんだ。





許されないものというのは、確実に存在している。

木田自身それを理解していると言う。



ならば、埋められない、償えないものを。

たった一言の謝罪でどうなるという?




込み上げてくる感情に、俺は唇をかんだ。




木田は、言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。





「……幸架。俺はお前のことを知らない」


「………」


「お前は、自分は俺の命令で作られた"俺の道具"だって、…言ったよな」


「………そうですね」


「その言葉を借りるなら、俺は自分の道具なのにお前らのことをほとんど何も知らない」


「………俺らの個人データはあなたが所有していたはずです。

それなのに、何故ですか」


「確かに所有はしていた。

………でも、お前も知っている通り、最終試験に残った9人は遺体が見つからなかった。

脱走したと考えて探しても見つからない。

残ったのは記憶媒体だけだ。

脱走した実験体の記録を把握する暇なんてない」


「…………」


「もちろん追わせはした。

…外に出して良いようなものでもなかったし、最終試験まで残るようなやつだ。

問題になる前に回収しなきゃなんなかった。

………生死問わずに」






言いたくないことだろうに、木田は正直に言う。

そこに、嘘や隠そうとする意思は感じられなかった。





脱走後の日々を思い出す。






なんども死にかけた。


なんども追われ、その度に命からがら、逃げのびてきた。




バレないように…見つからないように。




幸い、俺も璃久も体の成長は早かった。

顔つきも体つきも変わるのが早く、見つかりにくくなるのも、そう時間はかからなかった。




それでも。


俺らには、どこにも居場所がなかった。





「………一応一回は目を通した。

最終試験前に、今残ってる実験体の記録だって言われてな。

……でもな、あの記録には、お前と湊の記録の詳細はほとんどないてなかった」


「書いてない?」


「お前ら2人、隠してただろ」


「……………」





木田が目配せをし、ドアに配置されていた組員に退出するよう合図をした。


組員は、躊躇いながら静かに退出する。




この部屋には、俺と木田の2人になった。

たぶん、木田なりの覚悟なのだろう。




正直に話すということと、ここで殺されても仕方がないと。


その上で、俺が自分を殺さないという信頼を。

木田は、持っている。





「………湊はゼロに隠されていた。

そしてお前は、璃久に隠れていた」


「…………」


「……違うか?」






湊は、ゼロに隠されていた。

それは知っていた。


目立たないように動いているくせに、どれも飛び抜けた結果を出していたゼロ。

そのゼロが、こっそりと自分の技術を教え続けていた湊。



そして湊が知能数も身体能力も、そして人間離れした衝動があることも、ゼロは隠していた。

湊自身が自覚しないようにさえ立ち振る舞っていたのを、俺は知っている。


あの時点で湊を脱走させることは決めていたのだろう。


だから、他の誰よりもゼロは湊を守っていた。






……俺はそれを見て思ったのだ。


俺とずっと一緒にいる璃久は、もうバレている。

彼女の特殊はわかりやすい。

隠しやすいが、バレやすくもある。



それじゃあ、俺は…?






俺がバレやすいとすれば、この異常な瞬発力"だけ"だ。

"他"なら隠せる。


自分の"この特殊"さえうまくいかせれば…。






俺は、璃久が俺を守っているように"見せた"。


知能も身体能力も、特殊の能力値も、

璃久がずば抜けて見えるように。




璃久が動きやすいようにサポートして、

自分を隠した。






でもそれは、俺のためじゃない。


俺の"計画"は、ここからすでに始まっていた。







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