第88話




「往焚さんを見ている秋信さんは幸せそうだったけど、いつも一歩引いた感じ、な気がした。

……まるで、けがれた身で神に触れてはいけないと思い込んでる信者だ」


「………っ」





息を飲む。

視線が落ちる。




親則を見返すことができなかった。


強い口調、声音。

それなのに、俺を責めるような色は含んでいない。





「秋信さん。出よう?

秋信さんは、笑ってる往焚さんを見つめてる時が一番幸せそうな顔してたよ。

…例えそれが心から幸せだと感じてたものじゃなくてもね」


「………っ…」




息が詰まった。

まるで、見透かされたような気がしたから。



こんな時なのに、脳裏に思い出す。

幸せそうに笑う、彼女の笑顔。





「……ねぇ。

こんな暗い場所に秋信さんがいるのを見て、往焚さんは笑ってくれると思う?

……きっと笑ってくれないよ。

そんな往焚さんの顔見て、秋信さんは笑えるのかい?」


「………っ、……親則、さん」





ん?と、親則は優しげに微笑んだ。



言葉が、出ない…

きっと今の私を見たら、璃久さんは…。


笑うどころか、泣き出すかもしれない。



優しい人だから。

人の痛みさえ、自分の痛みに感じてしまうほどに。





それから親則は私の後ろに視線を向け、再び話を続けた。


凛として、決して折れない瞳で、

真っ直ぐに前を見つめたまま。







「裏についてよく知りもせず、こんなでしゃばりをして申し訳ありません。

でも、…」





きゅっ、と親則の俺の手を握る力が少し強まる。





「手に負えないからと、ずっと1人で悩んで苦しんでいた人をこんな暗い場所に閉じ込めて、"何があったか話せ"なんて。

俺からすれば、あなた方の方が"狂人"だ」




真っ直ぐに、そらさずに。

親則は、困惑の視線を受け止めて言いきった。



そしてその間ずっと俺の手を離さず、

優しく包んでくれるその手は、




なぜか懐かしい温もりの気がした。











「押さえつけて脅すより、まず話をゆっくり聞くことが先のはずじゃないかな?

こんな陰湿な場所で話せと言ったところで、まともに話せることは一つもないよ」










そんなに強い力ではない。


でも、再び俺の手を引いて歩き始めた親則に、自然と足がついて行っていた。




貧血と栄養不足のせいか、俺の足取りはふらついていて。







そんな俺を労わるように。


親則はゆっくり俺の前を、

まるでこっちが正しい道だと導くように歩いていった。






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