第87話




「……痛っ…」


「……なん、で…」






ポタリ、ポタリと滴る鮮血。



しかし、それは自分のものではなかった。





「なっ!親則さん⁉︎何してるんです⁉︎」


「あ、いや…。

小豊さんなかなか戻ってこないから、どうしたのかなと思ってのぞいてみたら…ね?」


「ね?……じゃないですっ!

危ないから入り口で待っててくださいと言ったでしょう!」


「すっ、…すみません…」





慌てて駆け寄った小豊が、銃を持つ俺の手を握る人物──親則に駆け寄った。



撃った弾は、親則の肩を貫通したようだった。


幸い、俺が拳銃を構えていたからか、撃った反動で親則の肩が外れるようなことはなかったようだ。





「秋信さん。…これ、渡してくれる?」


「え?……あ」




親則の両手が、拳銃を握ったままの俺の手を包むように握った。


温かい手、だった。






自然に銃を握る手から力が抜け、そのまま親則がスルリと拳銃を俺の手から抜く。





「小豊さん。これ、お返ししておきますね」


「あっ、はい」




親則は片手は俺の手を握ったまま、もう片方の手で銃を小豊に渡す。





俺の手に、親則の血がべったりとつく。


何が起こったのかはわかっているはずなのに、今起こっていることを受け入れらない。



なんで…。

というか、どうして親則がここに…。






「秋信さん、とりあえずここから出ようか。

手当てしてもらおう」


「親則さん⁉︎流石にそれは無理ですよ!」




親則のこの発言に、さすがに全員が止めに入る。



仕方ない。

一般人に今の状況を理解しろという方が難しいだろう。



俺もさすがに頷かなかった。

俺の手を引こうとする親則に、俺は動かなかった。





「え。無理なんですか?」



案の定、親則は首を傾げる。

何故ダメなのか、と。





「当たり前ですよ。見てください、あそこ。

秋信さん、拘束具全部壊したんですよ」


「それがなんですか?」


「えっ。いや…ここの血痕見てわからないんですか?」


「わからないって、何がでしょう?」





少し呆れながら軽くため息をつき、小豊が説明を始めた。


俺のここ1ヶ月間についてと、人並み外れた筋力。


人間とは思えない行動の数々。




親則は、小豊をじっと見つめながら静かに話を聞いていた。





全て聴き終わった後、親則は静かに頷く。




「なるほど」


「ですから、とりあえず新しい拘束具を持ってきます。

それをつけ終えたら柵越しでの会話なら大丈夫ですから。

それまでは入り口で待っていてください」


「わかりました。嫌です」


「…………え?」






思わず顔を上げた。

でも、それは俺だけではなかった。


何を言ってるんだこの人は、と全員が親則を凝視する。






ありえない。

何を考えているんだ…。



これだけの血痕を見て、何も思わないのか?




これだけの視線を向けられているにもかかわらず、親則に怯んだ様子はない。

それどころか笑顔で私の手を再びとり、話しかけてきた。





「秋信さん。行こう」


「え…。何、言って、…」


「親則さん⁉︎」

「おい!誰か止めろ!」




焦った小豊と木田の声が聞こえる。

しかし一般人に手を出すわけにもいかず、組員たちも動揺してうまく動けていない。



親則は私の手を引いた。

引かれた力によって、私も一歩踏み出す。



慌ててその場に留まろうとするも、今度は強く手を引かれて前に足がもつれる。




「待っ、親則さん。私はここに…」





ついに鉄格子から一歩出てしまった。


なんとかここで制止させなければ。

今の俺は、外に出ても…。





必死で声を上げるも、親則は止まらない。



しかし、鉄格子から数歩進んだところでようやく親則が止まった。








「秋信さん」


「………はい」





ようやく発された親則の声は、静かで穏やかなものだった。


俺の手を離さず、親則は振り返る。

そうして笑みを浮かべ、話し始めた。





「秋信さん、ここに来る前から何か悩んでたよね」


「え…」


「それよりももっと前かな。

最後に会った時もそうだったけど、秋信さんはいつも弱音を吐かない」


「…………」


「往焚さんはたまに愚痴ったりするけど、秋信さんは往焚さんの話聞いて笑ってるばっかりだった」





動揺でざわついていた周囲が静まり返る。

親則の声に、全員が耳を傾け始める。






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