第82話



「あ、木田さん。ここにいましたか。

実は……え、…?あの、何が…」




がたん、と音がしてその方向を向くと、小豊さほうがいた。


異様な空気に気圧されたらしく、鉄格子内に入らず手前で足を止めた。




「え、あ……、一体、何が…?」


「………小豊。今は来ない方がいい」


「でも、」


「戻れ」


「…………」




低く威圧するような声音を発する木田に、小豊は戸惑いが隠せないようだった。


しかし私につけていた拘束具が壊されているのを視界に捉えると、小豊は戻りかけていた足を止めて鉄格子を潜ってくる。




「小豊!戻れ!」


「嫌です!」


「ふざけるな!」


「それはあなたの方です!

俺はあなたの側近。この命に代えてでも守ります」


「そんなことするなって言ってるだろ。

いいから戻れ!」


「戻りません!」





まるで痴話喧嘩のようだ。


クスリと笑うと、木田の方がピクリと動く。

俺の一挙手一投足に全身全霊を注いでいるらしい。




そんな木田を見て小豊が前まで進みでると、木田の前に出た。



そして木田がまた小豊をも取らせようと口論が始まる。





仲のいいこと、仲のいいこと。











これが綺麗な道徳ってやつ?


それとも美しい忠誠心?











そんなわけない。

人殺しに"善"など、存在しないのだから。




もちろん、"人でなし"にも。









全員が敵意の眼差しを向けてくる。


躊躇いと恐怖も混ざった瞳。







同胞が大勢死んだのは確かで、それを毎日目にしてきたのも事実だ。


でも、弱かったのだから仕方ない。


大人と子供では差がありすぎるとか、一度捕まれば振り払えないとか、知識量さえ違うとか。




確かにその通りだ。


でも、蜘蛛にいる6人も、俺と璃久も、ゼロと湊も生き残った。


ゼロの手助けがあったからという理由もある。

でも、生き残ったのだ。





あの極限でも生き抜けた命があるのだから、同胞の死は、弱い自分のせいだったとしか言えない。














「開理、麻酔はまだあるか」


「あるにはあるが…。もうすでにさっき打ったばかりだ。心臓に負担がかかりすぎる。

それに、大人しく打たれてくれるとは思えない」


「……っ、……なんとか俺たちで足止めしてる間にできないか?」


「足止めできるのか?」


「…………現実的じゃないな」







緊迫した空気の中、ヒソヒソと木田と開理が会話をしている。


よほど余裕がないのか、話が筒抜けだ。

賢い2人らしくない。





そして待ってやる優しさも、俺にはない。






一歩踏み出し、そのまま拳銃をこちらに向けていた組員の1人に向かって走る。


数歩で距離が詰まり、突然行動を起こした俺に動揺した組員が悲鳴をあげてよろけた。




それを利用して足をかけて転ばせた後、その組員の手に手刀を入れる。




カラン、と組員の手から銃が落ちた。

それを拾い上げる。






「俺だと思って気抜いてた?」


「幸架…っ」




右手に銃を持ち、それを眺める。

黒く冷たいその鉄塊は、引き金を引いた瞬間に人を殺せる道具になる。



元より銃は守るためなんてことのために作られたわけではない。





人を殺すために作られたもの。






フッと苦笑が漏れる。







"俺と同じ"だ。







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