第83話




カチャリ、とセーフティを外す。


引き金に指をかけたまま、それを顳顬こめかみに当てる。





もちろん、"自分の"顳顬に。





「幸架っ⁉︎何してっ、」





慌てて止めようと、一斉にその場にいた全員が手を伸ばしてくる。



俺が銃を奪った組員は、いまだ突然の事態に理解が追いつかないようで、呆然と俺を見上げている。






何がおかしい?

何故焦る?



元より、俺がこの場にいる全員を殺すんじゃないか、と全員敵意と殺意をむき出しにしていたくせに。






ご要望にお応えして死んでやろうと言うのだ。


何を焦る必要があると言うのか。









それに、もう誰も俺が生きていることを望んではいない。













許せなかった。

何もかもが、許せなかった。





ただひたすらに苦しんで、

這いつくばって、

それでも笑う彼女を、



俺は見ていることしかできない。





あんなクソみたいな実験でも、

そんな実験がなければ、

俺は生まれてこなかったし、


璃久も生まれてくることはなかった。





そう思えば思うほど、

頭の中も心の中もぐちゃぐちゃになっていった。








璃久を傷つけた瞬間の感覚がふいに蘇る。










痛みに歪み、それでも俺を受け入れようとして、枯れた声で俺を呼び続ける彼女の姿。


強引な行為のせい。

そして切った足から血が出ていた。


それなのに、涙ひとつ流さずに。








幸架、幸架、と呼び続ける、綺麗なソプラノの声。



枯れていても、出なくても、

彼女が何を言いたいのかも、

何を言っているのかも鮮明にわかる。





心から訴えかけてくる言葉も、

ちゃんと聞こえていた。







受け入れなければならない。

元から、離れると決めていたのだ。


それでも…。









俺に手を伸ばす木田、開理、小豊が見える。


必死な顔して、いっぱいに腕を伸ばして、

俺から銃を奪おうとする。







自嘲した。


目の前の大人達を、俺は許せなかった。





璃久や湊が表面上許していても、

俺は、許せなかった。








でもそれ以上に、





同胞達の死よりも、

大人達にされてきた実験よりも、




俺が許せなかったのは、…。

一番苦しかったのは…。








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