第78話


〜・〜



「幸架、打つぞ」


「…………」




拘束具を再びつけられ、それと同時に鎮静剤を注射されていく。


かなり強めのものらしく、視界がぐらりと揺れるのがわかる。

今は一般男性程度の筋力しかだせないだろう。


でも鎮静剤でその程度しか俺を抑えられないのは、俺が筋力がずば抜けていても体はただの脆弱ぜいじゃくな人間だからだ。


強い筋弛緩剤には心臓が耐えられない。




だから、今打たれたものが俺に打てる限界の強さなんだろう。





「……痛むか?」


「………いえ」






鎮静剤を打ち終わった後、血まみれだった包帯が解かれ、開理が丁寧に傷を拭いて治療を始めた。


それをぼんやり見つめながら、どうしてこの人は俺の治療をするのだろうかと考える。





木田に命令されたから?

それはあるだろうな。


父親だから?

それは関係ない。


開理が父性を抱くほど、長い期間家族として一緒に過ごしたわけではない。

居候いそうろうとして生活したり、同じ目的を達成するために行動を共にしたことはある。


でも、家族らしいことなんて一度"父さん'"と呼んだくらいだ。



何もない。




共に過ごした時間がないわけでもないし、短いわけでもないけれど。


俺は実験体として、開理は研究者として過ごした時間があまりにも濃すぎた。





仲良しごっこができるのは、表面上だけ。






湊も璃久も、開理と木田の前では自然にふるまっていた。

蜘蛛にいる6人も、如月や木田と今では普通に話し、仕事も一緒にしている。



でも表面上だけだ。




あれほどの残虐な実験の被験体だった俺たちが、加害者の"大人たち"に対して、育ての親なんて感情はどうやっても抱けない。



……なんて親不孝な、と思う人もいるのだろうか。


同胞が何千人と無残に殺されたというのに。

……なんてこと、俺にとって本当はどうでもいいことかもしれないけど。





思わず苦笑が漏れた。


俺は、何を考えてるんだろう….。








「………幸架」


「……………」


「…今日の調子はどうだ?」


「……………いつも通りです」


「そうか」


「………」


「………」





苦しい。


ずっと苦しい。





深い海底に沈み続けているように、

暗くて冷たい場所で、ただひたすら溺れ続けている。











もう、伸ばした手を掴んで引っ張り上げてくれる手は、



どこにもない。








もし差し伸べてくれる人がいたとしても、

俺がその手を取ることはない。






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