第79話



「開理。そろそろいいか?」


「あぁ。大体終わったからもういいぞ」





すぐそばに控えていた木田が鉄格子をくぐって近寄って来る。


警戒しているのか、5歩ほど間隔をあけて立ち止まると、俺をじっと見下ろした。




「さて、幸架。お前が暴れまわってくれてる間に家に行かせてもらったけどな、……」



「…………」





木田の強い圧力やある瞳に射抜かれる。


その瞳を静かに見返した。




少しくらい動揺するとでも思っていたのか、無表情の俺をみて木田はわずかに苦々しい表情をのぞかせている。






「………特に荒れてる様子はなかった。

でも隠すようにこんなものがあるのを見つけた」





そう言って、木田のそばにいた組員が 部屋で発見した物を俺の前に広げていく。



血のついたシーツ、ガーゼ、糸。

使用済みの針と注射器。





「それと、璃久と連絡が取れない。

………説明しろ」


「…………」






敵意と少しの殺意が混ざった視線を、静かに見返し続ける。


静まり返る空間には、微かにこの場にいる者たちの呼吸の音だけが聞こえるだけだった。




「………幸架。答えない理由はなんだ」


「…………」


「最後に会った時のお前と今のお前は別人か?

前はわかりやすく説明してくれるような人間だったと思ったんだが」






木田の言葉に、こらえきれずに笑ってしまった。



可笑しくて、可笑しくて。





沈黙が続いていた空間に、俺の笑う声が響く。


困惑と動揺の視線も気にならないくらい、

可笑しくて可笑しくて。









…腹が立つ。













1人険しい表情を浮かべる木田に視線を戻した。





今まで木田にしてきた態度なんて、もう意味もない。


元から"コイツ"に対しての敬意など持ち合わせてはいないし、許した覚えもない。





ただ、璃久と湊が"かつての大人たち"に、まるで対等な人間同士のように接していたから。


それに'"合わせてやっていた"だけだ。





もうこの場に璃久はいない。

そして俺と璃久が関わることはもうなどなく、俺が"コイツら"の見方をする理由ももうなくなった。







たとえ璃久の父親だろうと、

もう俺には関係ない。



自分の実父だろうと同じだ。






あの実験の時、


どれほど卑怯な手で、

"璃久が死にかけた"と思っているのか。




何度も何度も、

何度も何度も何度も。





その度に弱々しく俺に笑いかける璃久を見て、

どんな思いで守ってきたか。


そんな状態になっても、

何度璃久が俺を助けようとしてきたか。








俺の世界は全部璃久だった。


璃久しか、いなかった。






最終試験で組織を抜け出してからも、

ルナも蜘蛛も他の組織からも殺されそうになる日々の中で、




一体いつ全部許せる状況があったという?











「……何がそんなに面白いんだ?」


「ハハッ…はぁ……。

………さぁ?何が面白いんだろうな」


「……………」





豹変した俺に、ついに木田の顔にも困惑が浮かぶ。



可笑しくて可笑しくて、

最高司令官様ともあろう"クズ"が、俺の考えさえ読めないなんて。







今まで実験台として見下してきていたくせに。

俺たちを道具として造ったくせに。


道具の使用者である自分たちが、もう'"俺たち"のことを制御不可になっている現実をまだ理解していない。








「逆に聞こうか。最高司令官様」


「……………」


「今、あなたは俺を"人間"だと言った。

…これが人間に見えるのか?」





バキッと壁に固定されていた拘束具を無理やり剥がした。


床に固定されていた足枷も、軽く足に力を入れるだけで床から剥がれる。






目を見開き、信じられないといった表情をするアホヅラを無視し、ゆっくり立ち上がった。




それから枷に繋がっていた鎖を砕く。







「残念ながら"俺達"は生まれた時から人間じゃない」











どんどん顔を歪ませていく'"人間ども"を見返しながら、






「"そう造った"のは、」








俺は、嗤った。






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