第77話



開理はしゃがみこんだまま、必死で何かに耐えるように唇を噛む。




そんな姿を見ても、やはり開理の抱く感情がどこからきたものなのか。

俺にはわからない。





ぼんやりとそんな開理を見つめていると、木田と数名の組員が来る。



組員が手にしているのは拘束具のようだ。

どうやら誰かが俺と開理の会話を木田に報告したらしい。



チラリと控えている組員に視線を走らせる。

1人、襟元に機器を隠しているのを見つけた。


通信機、か。




「よぉ、幸架。元気そうで何よりだ」




飄々と、木田が俺に話しかけてくる。

その表情は、軽い口調とは裏腹に険しい。




「お久しぶりです、木田さん。

首の傷は、治りましたか?」


「おかげさまで。全然治らねぇよ」


「それはご愁傷様です」


「お前な…」





イラついているわけでも心が落ち着かないわけでもない。


傷つけようと思って言っているわけでもなく、ただ感じたことを口に出している。





もう璃久は側にいない。

だから、もうわざと"立派な人間"にならなくてもいいのだ。





何故かはわからないが、どっと疲れが押し寄せて来た。


何もしたくない。

どこにも行きたくないし、どこでも生きたくない。





璃久に会いたいけど、会いたくない。

璃久が欲しけど、璃久から離れたい。


寂しいけど、満たされたくない。






矛盾する本能と理性。








どんなに理解していても、心も感も理屈など捨ててしまえと誘惑してくる。



苦しくて、苦しくて。

たまらなく苦しくて、恋しくて。








「……幸架。聞いてんのか?」


「……………」




返事を返さない俺に、木田が焦り始める。

でももう、気を使う義理もない。





「幸架、おい…。…やばいか…。

……拘束具の交換、急げ。開理、終わったら診れるか?」


「あぁ…。やる」





木田の呼びかけも、交換のために外された拘束具で僅かな自由を得ても、何もする気が起きなかった。




ジャラジャラと拘束具を壁に取り替えている音を聞きながら、ぼんやりと天井を仰ぐ。




光の届かない地下牢は、居心地がいい。

四肢を拘束する硬い鉄の感触も、冷たい石造りの床と壁も。






でも、ずっとここにいるわけにはいかない。



ここにいれば、開理も木田も俺を生かそうとする。


現状で仕事ができる状態ではない俺がここにいれば、ただ金がかかるだけだ。




拘束しなければならない標的というわけでもない。





ならば…。

しばらく大人しくしていれば解放されるはずだ。

そうなった後、1人消える場所でも探しに行こうか。




しばらくここに拘束されることになれば、璃久だってだいぶ遠くまで行けるだろう。







なんて、俺さえいなければ璃久が逃げる必要もなくなるわけだけど。







「……幸架」


「…………」


「何考えてんのかわかんねぇけどな、とりあえず体治ったら仕事してもらう」


「……………」


「……そのほうが、お前も本望だろ」


「……………」








返事は、しなかった。


木田が何を考えているのかわかっていても、木田がどうしてそんな提案をしていたのかは、





理解できなかったから。






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