第76話



しばらくして、ゆっくりまぶたを開ける。


だいぶ落ち着いた。

たぶん時間にすれば1分程度だ。


でも、1分あれば十分。

かなり思考もまとまった。


だから、現状も少しは察しがつく。






「………俺、何人殺しましたか?」


「………あっ、い、や…」



目を開けて早々にそんな質問をする俺に、開理は戸惑った表情を浮かべる。


そんな開理を視界に移しつつ、俺はこの場所にべったりと付いている血痕を見回す。




「……まぁ、この出血量と飛び散り方からして、少ないというわけではないでしょう。

……それと、俺はここに来て1ヶ月くらい経ってるのでしょうか」


「幸架…。なんで、…」



どうやら正解らしい。


開理の後ろにいる組員たちも、険しい表情を浮かべている。




「血は酸化しますから。

1番古そうな変色したものとこの辺の匂いから、だいたいそのくらいかなと。」


「…………っ…」





開理が強く自分の拳を握ったのがわかる。


でも、開理がどんな感情を抱いているのかはわからなかった。






「………鎮静剤打ちにでも来ました?」


「いや…」


「あぁ、そうですよね。

…その前に睡眠ガスか何かで眠らせなきゃ近寄れませんしね。

俺の意識が戻ったと報告が来たから見に来た。

……そんな感じですか?」


「…………」






ここに連れてこられて1ヶ月間、俺にその記憶はない。


たぶん、目がさめるたびに半狂乱に暴れ回ったのだろう。

それで、俺を止めようとした人を殺した…。




睡眠ガスも鎮静用ガスで止めようとしたのだろうが、普段から俺も自分で何度も使ってしまったから耐性もついている。



何をしても止まらない俺を止めるには、強い薬を直接打つしかなかったはず。


…そんな状態の俺に近寄れるわけもなかっただろうけど。






「………幸架」


「……………」


「………今日は、落ち着いてるのか?」


「………えぇ。でももう少し硬い拘束具に変えてもらいたいですね」


「は…?」


「そうしたら、たぶん近づいてもらっても大丈夫ですよ」


「……………」






カシャン、と鉄格子が鳴った。


ここがルナならば、逃げる必要はない。

生かされようが殺されようが、どうでもいいことだ。


これが敵対組織だというのなら話は別だ。

俺を人質に、なんてされれば璃久が動いてしまうかもしれないから。




ふぅ、と軽く息をついた。

ぼんやりと、ここにくる前の記憶が戻り始める。


ずいぶん"バレやすいこと"をしてしまったなと、苦笑する。




ガシャン!と大きな音がなった。

ふとそちらに視線を向けると、開理が鉄格子を掴み、ガクリとしゃがみこんだところだった。




後ろに控えていたルナ5人が、慌てて開理を支えようとする。





「………幸架っ…。すまん…っ」


「……………」


「すまなかった…っ」


「……………」





痛切な、ふり絞られた声。

聴いてる者さえ、胸が締め付けられるような。


"たぶん"、そんな声。





俺は、"やっぱりバレたか"と自嘲した。

…まぁ、あれだけ派手にやればな。




でも。





誰も何もわかってはいない。

わかるはずもない。






理解できる人なんて、どこにも…。









「…………それ、"何"に対して"誰"に許してほしくて言ってるんです?」











開理が息を呑み、はっと顔を上げる。

その表情は、苦悶に歪んでいる。





そんな目で見ないでくださいよ。






あなたは、












"俺たち"なんて愛していなかったくせに。



     

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