5、蛇の皮むき

第74話


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


東区桜祭り 2週間前




「ん…」





窓から入ってきた朝の日差しで目が覚める。

隣で寝てたはずの人はいない。


もそもそと布団を探れば、冷たい感触がした。

あいつが出て行ってからけっこう時間がたっているらしい。





──ガタンッ








あ…帰ってきた?





どこに行ってきたのかを少しばかり予測しつつ、ベッドから毛布だけを抜き取って裸体に羽織はおる。



そのまま手ぐしで髪を整えながら、寝室のドアを開けた。





「おかえり」


「………あぁ」


「夜中に仕事?」


「………まぁ」


「あらま。………大変だったね」


「…………そうだな」





あらら…。

元気がない。



ひょこひょこと歩いて近寄ると、間の抜けた瞳がこちらをじっと見つめる。


その瞳の前で立ち止まり、両腕を広げた。





「…………何だ」


「んー。……癒してあげる」


「何だそれ」


「ほれほれ。おいで?」


「…………」





ためらいながらも、こいつはゆっくり腕を伸ばしてきた。



まるで触れたら砕けてしまうかもしれないと恐れるようなその触れ方に、思わず少し笑う。





「…………」


「お疲れ様だったね」


「…………あぁ」


「今日くらい、何か君の希望を聞き入れてあげようじゃないか」


「そうか。……それじゃあ遠慮なく。

"これから毎日俺の要望に応えろ"」


「え。ちょっと待って。

"今日くらい"って言ったよね?聞いてた?

ねぇ、その耳ちゃんと機能してる?」


「"今日言えば"なんでも聞き入れてくれんだろ」


「…………ハッ。しまった…」











自分の失態にようやく気付いた。

最悪だ…。

せめて条件をつけるべきだった…。



そんな私を見て、目の前のこいつはフッと笑った。





………と、いうかさぁ。


せっかく元気のない人をなぐさめてやろうとしたのに、それを逆手さかてに取るか普通!?


素直に甘えるだけにしとけよ!




こんな時まで揚げ足を取りやがってぇ!




なんて考えていると、抱きしめられる腕がきゅっと強くなった。


"いけしゃあしゃあ鬼畜発言"は相変わらずなのに。


少々イラつきながらも、私は心なしかションボリして見えるこいつの背中を、ポンポンと優しくさすってやった。





抱きしめられているからわかるが、

……こいつの服から、微かに血の匂いがする。

返り血ではない。こいつ自身のものだろう。



もう治ってはいるのだろうが。






「………痛い?」


「別に」


「ウソつけ〜。君、痛がりだろう?」


「…………………別に」


「ブフッ!今けっこうな間があった!

めっちゃ間があった!」


「うるさい」


「あはははははっ!

その綺麗な顔が無事でよかったねぇ?」


「俺よりもお前が安心したんじゃねぇの?

好きだろ、俺の顔だけ」


「よくわかってるじゃないか。

でもね、君の顔だけは好きだけど、君の顔より嫌いなものはないんだなぁ、これが」


「嫉妬か」


「…………そーですけど?

いいじゃん!持ってないものひがむくらい!」


「開き直りもそこまでくるとかなしいな」






ふわり、と頭に手が乗せられる。

乗せられたその手が、そのままゆっくり長い髪をすいていった。



まぁ、寝起きで手ぐししかしてないからくしゃくしゃなのは仕方ない仕方ない。







「…………風呂、行く」


「ん。行ってらっしゃい」


「お前もな」


「え?なんで?………え?待っ、え?」





ひょいっと簡単に抱き上げられ、浴室へ連れ込まれる。




残念ながら毛布一枚しか羽織っていなかったせいで簡単に浴槽にジョボンされる羽目になった。






〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜






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