第73話



「木田さんに麻酔打ったんだし、自分こんなに傷つけるくらいなんだからさ。

鎮静剤と麻酔くらい幸架が自分で持ってんじゃねーの?」


「………」



Xの言葉を聞いて、近くにいた部下に目配せする。

部下が幸架の服を探り始めた。


しばらくガサゴソといじっている部下の手元を見れば、ナイフやら銃やら、よくわからない薬やら。



出てくること出てくること。



幸架の服を探る部下もかなり戸惑っている。





見た目的には細身の幸架。

でも、こんなにいろんなものを装備しているということは、普通はその分ごつい体格に見えるはずだ。




これだけ装備していても細身に見えるということは、幸架自身かなり痩せているのか?




……そしてその痩せた体であの驚異の筋力。






俺の首を絞めながら、その手で俺を浮かせた。


成人男性で、しかもある程度体を鍛えている俺は、痩せ型だとはいえ一般男性よりは重いはずだ。



それを、軽々…。





「木田さん。たぶんこれとこれじゃないかと」


「助かる」




部下から注射器2本を受け取る。

その注射器には何も明記されていなかった。



とりあえず一周回してみた後、よくよく観察してみる。



と、メモリの1番下の部分に赤い印が付いていた。


もう一本は黄色。




中身の液体は両方透明で、違いはないように見える。





「……開理。これとこれの中身、わかるか?」.


「んー……黄色が麻酔で、赤は……え、と…」


「……赤は?」




開理が戸惑っている。


わからない、という表情ではなく、言いにくいというような表情だ。




俺は視線を落とし、赤い印のついた注射器を見た。





「……赤は、そ、その…」


「………?」


「…………たぶん、俺の記憶が間違ってなければ、………」


「早く言え。幸架起きるだろ」


「………筋弛緩系の興奮剤」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


「…何でそんなもん持ち歩いてんだよ、こいつ」


「……いや、俺もわからん」





開理は璃久、幸架、湊と行動を共にしていた期間がある。

だから薬の印については知っているだろうと思っていた。



それにしても。


……筋弛緩系の興奮剤?


つまりは媚薬ってことだろう。

何に使う予定だったんだ?




「……まぁ、とりあえずどっち使っても死くことはねぇだろ」


「俺が2人と過ごしてた時と印の意味が変わってなきゃな」


「変わってねぇだろ。

ここ最近バタバタしてたしな。

そういうことに気が回るほど、余裕があったとは思えない」


「そうか。………確かに、それもそうだな」


「開理、黄色い方打っとけ。

……筋弛緩剤入ってんなら赤い方も打っときたいところだけどな」


「お前…それは嫌がらせか?」





俺にこんな怪我させたんだから、多少の報復はよくないか?



なんて俺の思考はお見通しの開理は、黄色い方を幸架の腕に打った。





幸架の顔色は悪い。

出血が多いのだろう。





「急いで戻るぞ」


「そうだな。………木田、災難だったな」


「全くだ…」





はぁ、と深くため息をついた。


最近幸架と璃久の2人が仕事詰めなことは知っていた。

湊とゼロの死は、2人に大きすぎる影響を与えたのだろう。




何かしていなければ、その喪失感に飲まれてしまうかのように。





だから休めと言いに来たのだ。

嫌だと言われれば、ルナの雑用でも、手伝わせようと思っていた。


この2人がしている仕事に比べれば、ルナの雑用は簡単なものだ。



それに、そろそろ璃久と璃久の母親を会わせてもいい気がしていた。

幸架さえ良ければ、一緒に行って来いと言うつもりだったんだが。





「………ほんと、何がどうなってこうなったんだか」






眠る幸架の顔は、

苦しそうに泣いて見えた。


     

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