第70話



「そー。伝言」




璃久はポケットからから出した紙の切れ端を俺に差し出した。





《×月×日×曜日

17時47分、東区中央通り4-11,2裏》






ただメモっただけ、といったような特別綺麗でも汚いわけでもない字で、そう書かれていた。


時計がないので詳しい時間はわからない。しかし、璃久…になっているこいつ──とりあえずAとしよう。


Aがここに来た時間が17時47分なのだろう。





「……これは?」


「幸架がここにいるって伝言」


「……俺を殺しにでも来たんですか?」


「だったら治療なんてしねーよ」


「それもそうですね」


「それに…」






Aはチラリと木田を見た。あの麻酔の効果は半日続く。まだまだ目覚めることはないだろう。





「もし私が殺し目的でここにいんなら、あんたよりも木田を真っ先に殺す」


「………」


「さて、そろそろ迎えくるだろーし」





相変わらず璃久の口調、声で話しかけてくるAは俺に向かって手を伸ばした。






「また暴れられても困るし、ちょっと寝ててくれねー?」


「…………っ、」





瞬間、脇腹付近に強烈な刺激が走った。


Aが何かを持っている…。





「……スタン、ガン…?」


「そー。残念ながら私はびっくり超人間じゃねーんだ。

お前みたいなのに付き合ってたら、何回死んでも足りねーよ、本当」



「……誰ですか、あなたに、伝言を、したのは」



「まだ耐えるか。さすがだなー」





体は痺れで動けないが、威力が足りなかったらしく意識は保てている。


動けないが、少し無理をすれば行けそうだ。



この痺(しび)れている状況では、全力で動いても殺してしまう心配はおそらくない。




むしろ痺れより貧血の方が体にキている。





地面に両手を突き、起き上がった。




さすがに起き上がるとは思ってなかったらしいAは、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべる。





「う、うわー…。

さすがとゆーか、なんとゆーか」


「…目的、は」


「は?」


「璃久さんに化けてるってことは、璃久さんに何か関係してて動いているんでしょう」


「いや、私は知らねーよ」


「なるほど。……しらばっくれる、と」


「え。

……い、いやいやいや!本気で知らねーよ!

伝言来たっていっただろ!

私は凡人で、これ以上の労働はするつもりねーよ!」


「へぇ…。それが素の性格ですか。

意外に屁っ放り腰ですね」


「うっ…いや、まー…。否定はしねーけど」






本当に戦闘向きではないようだ。

顔色が悪い。

敵意を向けられることにさえなれていなそうな雰囲気だ。



普通に考えれば、こうなることくらい予測できそうなものだが。






「落ち着けよ。

私はもー帰りたい。そう、帰りたいんだ。

ほかに何もするつもりねーし」


「治療して帰る、と?」


「そーそー!」


「……それ、私が信じると思います?」


「………思ってないけど信じてほしーってゆー願望はあった」


「…………」


「…………」







…………………。


いや、アホすぎるだろ。

私に油断させようとしてるのかと、ずっと警戒して会話を合わせていた。


しかし、どう考えても何の策もあるようには見えない。

というか、ナイフ一本持っている様子でもない。




応急処置道具以外持ってなかったっぽい軽装。









…………本当に、治療だけにきたのか?







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