第65話





「………璃久……さ、…ん…」





会いたい。


触れたい。


側にいたい。







璃久の全てが欲しくて、

でも自分のものにしたくない。








こんな矛盾した想いを抱けるようになったのは、やっぱりあの2人……湊とゼロの影響なのだろう。









リクに手を伸ばした。












届かない。


何度手を伸ばしても、届かない。





そもそも、こんな汚れた手で触れるべきではなかった。

早々に手を引くべきだった。






いつの頃からだったか。


璃久は、心から笑うことをしなくなった。







笑えている時も、どこか一線引いたように人と接するのだ。





でも、それは私のせいだ。








全て、私のせいなのだ。












璃久がこうなることも、

私がこうなることも、


私が今何をしているのかも。













「り……く、さん。……ごめん、なさい」






私は、あなたを裏切った。



最初からずっと。












あなたに、嘘をついていた。





















とても許されるようなものではなく、受け入れてもらえるものでもない。


自分自身でさえ受け入れられていない自分の心を、誰が受け入れてくれるというのか。











出血のせいか、だんだん寒くなってきた。

指先の感覚は最早ない。





温かさも冷たさも感じず、

柔らかさも硬さも感じない。





真っ赤に染まった手と指。







「……く、……ん、……ごめん、…い…」









璃久さん、ごめんなさい。


私は、あなたの人生をずっと壊してきた。





自分の望みのためだけに、なによりも大事なあなたの全てを、



奪ってしまった。











「……許さなくて、いいんですよ。

だから、はや、く…気づいて……。

俺から、逃げて、ください…」











汚れすぎた。


もう取り返しのつかないところまで、手を汚してきた。





それなのに、私は後悔なんてしていないのだ。






こんな自分が、なによりも憎い。













優れた記憶能力もなく、優れた知性もなく。


今だって、好機を虎視眈々と待っているのだ。






手に入るのなら、

彼女の全てを手に入れるためなら、




何だって犠牲にできる。














わかってるんだ。

本当はわかってる。




こんなものは、愛じゃない。





それでもこんな愛しかたしかできなくて、


こんなことしかできなくて、


自分では、止めることができなくて…。










必死に耐えてきた本能が、あっさりと理性を奪っていく。


生まれ持った人外の本能は、人間である俺を日に日にむしばんでいくのだ。






幼い頃の方が、まだまともな人間だった。





幼い目で、幼い心で、

純粋に全てをまっすぐに見ていた。


璃久のことを大事にようと思ったのも、

守りたいと思っていたのも、

そのためにしてきた全ても、


純粋な想いでしてきた想いだ。









それなのに、


それ、なのに…。










脱走した0番──フリーランスキラーとなっていた湊に初めて再会し、日に日に湊に慕っていく璃久を見て。





俺は、自分の"本当の欲望"に気づいてしまった。






気づいてしまってからの日々は地獄だ。


今まで純粋に璃久を守っていたつもりだったのに、それが無意識に落とし穴に嵌めていたと、知ってしまったのだから。






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