第64話




リクから手を離した。



この場を去ろうと立ち上がったところで、けっきょく力が入らずふらりとよろめく。


それを何とかビル壁に手をついて持ちこたえる。





ビル壁についた手から、ポタリ、ポタリと血が落ちる。








「はっ、……はぁ、はぁっ、……は、…」



呼吸さえうまくできない中、それでも視線はリクから離すことができない。





酸欠と貧血で、真っ青な顔をして眠るリク。

右上腕部の骨は折れている。












やったのは、俺だ。











一歩踏み出したところで、けっきょく膝から崩折れた。



ずりずりとそれでもなんとかその場を去ろうとするが、動けない。





もしかすると、うまくいけば死ねるかもしれない。





でも、運が悪ければ…。

本能のまま、殺人行為を繰り返すことになるかもしれない。







ダメだ。

そんな賭けに出るには、リスクが高すぎる。






なるべく早く離れなければ…。












ドクンドクンと鼓動が大きくなっていく。

その音が耳を支配し、他の音を遮断していく。




ギリギリ繋ぎとめられていた理性が、再び崩壊してきているのだ。








ぐっと歯をくいしばり、息苦しさに指で首を掻きむしった。



気道を確保しようと上を見上げるが、苦しさは変わらない。






つきに体を支えていた腕にも力が入らず、その場に倒れ込んだ。










世界は、異物に対して無慈悲だ。




できすぎても省かれ、

できなすぎても貶され、

普通過ぎても受け入れられない。




能力のある人間が爪を隠している、くらいでなければ、うまく生きていくことなんてできないのだ。








でも、それをしてどうする?


できるのにできないふりをして、足並み揃えて寄り添って。





けっきょくそれでも欲しいものが手に入らないのなら、意味がない。








でも、欲しいものを手に入れたいと思うのと同時に、



手に入って欲しくなかった。












私の執着は、


愛は、







異常だ。













人間としてのまともな情など、きっと一つも持ち合わせてなどいない。












私はいつも、尊敬しながら憎んでいた。




湊を……。


私の、弟を。














湊が完成品なのなら、私は欠陥品だ。


湊は、実験の目的通りの能力を持って生まれてきている。





知能も高く、記憶力もよく、身体能力も当たり前のことながら高くて。


さらに体も再生能力が高くて、その上読心も受け継いで。










対する私は?


同じ人間、同じ腹から生まれてきているのに。





私には人間の知性は受け継がれていなかった。









この、化け物じみた身体能力と思考だけ、

遺伝子変化薬の影響で受け継がれた。




それでも人間のフリなんてして生きてこれたのは、"母親のおかげ"と言うべきか。







重い腕を動かし、自分の瞼に触れた。





瞳の色は、黒。


でも、弟とは違って光に当たれば茶色味を帯びた色になる。






苦笑が漏れた。












父親が開理で、

自分が湊の兄だと知った私は、

















ここまで神に見放されるとは、と













絶望したのだ。









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