よーい

4、キャタピラーレース

第58話

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


東区 桜祭り3週間前



どうだ。

渾身の知恵。





「……お前らしいな」






嫌味か?

それとも褒めているのか?



ここは褒めていると考えよう。





そう。

こいつを抱く宣言をした。




その宣言通り、抱いてやった。





両腕をこいつの背中に回し、しっかりと。

"抱きしめている"。




もちろん、こいつには抱きしめ返すことは禁止している。






つまりは、いわゆる生殺し攻撃である。






どうだー!

すごいだろ?すごいだろ?



だって"抱く"って字的にセックスじゃねぇだろう。

"抱く"なら抱きしめるべきだ。








「どう?

涙ぐんでわめいて叫びながらやめてくださいーってなげきながら懇願こんがんする気分になった?」



「なんねぇよ。

というか、あんないさましく言ったくせにやることお子様だな」



「人のこと抱き潰すことを生きがいにしてる奴に言われたくない」






というより、こいつの抱き方は愛情表現というより殺意に近い。


マジで殺される。




本当に、死ぬ。





「で?」


「……何」


「いつになったら桜見せてくれるの」


「……お前の目には今桜が咲いてるように見えるか?」


「………見えないね」





蕾がぽつぽつと色づいて来ているのが見えている。

でも咲くのはまだ先だろう。





「お前、体温低いな」


「あいにく脂肪がないんで。

だから太らせてください」


「お前に食欲なんてねぇだろ」


「そうだねぇ。どっかの誰かくらいの色欲もないんだけどねぇ?」


「そうか。それは奇遇きぐうだな。

俺も色欲はない」


「……………」







嘘つけぇぇぇぇぇ!!!


こんだけ散々やっといて何を言う!


現状を理解しろよ!


今、この瞬間をー!






「じゃあ何欲が強いの?」


「なんだろうな。

………お前は愛欲が強いよな」


「愛欲?」


「愛されていたい欲。

それさえ満たされてれば満足そうだ」


「……まぁ、それは言えてるかも」






確かに、いつだって誰かに愛されていたい。

必要とされていたい。



でも、別に愛されてなくても生きていける。





「でも別に愛されてなくても生きていけるよ。

………うん」




あ、でもこいつがそばにいないのは寂しいかもしれない。


朝起きたときいないとか、夜眠るときいないとか、うなされて苦しんでいるときそっと撫でてくれる手がないとか。




こんな散々な抱き方するけど、それも多分自分のためだけじゃないんだと思う。





「へぇ…。意外。お前、案外甘えたがりなんだな」


「……のぞかないでよ」


「だったらきつくチャックでも鍵でもしておけよ」


「無茶振り言うなよ。

そんなことができるんだったらねぇ、最初から覗くなとか盗み聞きするなとか言わないから」






こいつはクスクスと笑うと、そっと腕を回して来た。

そのままきゅっと抱きしめられる。





「……抱きしめ返していいなんて一言も言ってないんだけど?

まだ、泣きながら喚いて叫びながらやめてくださいーって嘆きながら懇願されてないけど?」


「本当は寂しかったくせに素直じゃねぇな。

もっとか弱い演技でもすりゃいいんじゃねぇの」


「そんなことしたら気持ち悪いでしょ」


「…………確かにな」







ゆっくりと髪を撫でられる。


こいつは髪をいじるのが好きらしい。

ついでに言えば、頭を撫でるのも好きらしい。





「…あったかい」



「…だったら、もっとこっち来い」







もう少し、この温もりにすがっていよう。




今この瞬間だけは、独占できるのだから。







〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜







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