第53話



「(ゲーム、続けよーぜ)」


「…………」


「(私はあの人ともあんたとも違って飛び抜けた頭脳なんてねーんだ。

………助けてくれよ、幸架のこと)」


「……幸架って、君に怪我させた、君の大事な人?」


「(そー。あいつの本質は知ってるつもりだったんだけどな。

もうお互いに子供じゃねーから、私の考えの及ぶ範囲から外れちまったんだ。

私1人じゃ、幸架を苦しめたままになる)」


「………いいよ。ゲームを続けよう。

でもお姉さん、ちょっとつらいけど、我慢できる?」


「(少しくらい、耐えてやるさ)」


「わかった」






──あと1分



ボソリとアズサが呟いた。

意味がわからず首をかしげると、アズサは苦笑する。





「お姉さん。今日仕事じゃなかった?」


「(え?…あー、そういやーそーだったな)」


「その仕事、その、幸架って人が代わったんだよね?」


「(そー言ってたな。

つーか、どー考えたって幸架にはできねー仕事なんだけど…)」


「そのことなんだけど」


「(………?)」






アズサの視線が上がった。


その視線をたどると、十数名の集団がワラワラと近寄ってくるのが見えた。






「その幸架って人、かなり派手に暴れてるっぽいんだよね」


「(………は?)」


「で。お姉さんは幸架の弱みとして現在進行形で追われ中」


「(は⁉︎)」


「さらに言えば、これから捕まりまーす」


「(はっ、はぁ⁉︎何でそんなことになってんだよ!)」


「それは後々(のちのち)この不審者達が説明してくれると思うよ」


「(……………)」







開いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。



パクパクと口を動かすしかない私を見て、アズサは苦笑している。





「おい!いたぞ!」




ギギギ、と音がなりそうな鈍(にぶ)さで顔の向きを変えれば、私とアズサを囲むようにその集団がいた。



アズサはやれやれという表情をしているが、この状況は最悪だ。




どう考えても逃げられる体じゃない私。

そして、完璧にアズサを巻き込んだ。




囲まれたこの状況では、アズサ1人を逃すというのも難しいだろう。


いや、アズサなら隠れ森に逃げられるか。





「(……アズサ、森に逃げろ)」


「なんで?」


「(何でってっ、!)」






「おい!…お前、往焚だよな?」





ハッとした瞬間に、強引に顎を掴まれて上を向かせられた。


集団のリーダーらしき男が、私の顔をまじまじと覗き込んでくる。




「……なんか、教えてもらった情報と違くないか?

顔はたしかに往焚だけど…。

何でこんな怪我だらけ?

つーか、声出てなくないか?こいつ」


「確かに…。

先日の狙撃任務は無傷で終わってるみたいなんですけど…。

今日の仕事、いきなり秋信と交換した理由はいまだ不明なんですけどねー」


「この怪我じゃハニトラなんかできねぇからじゃねーのか?。

つーか本当に何でこんな怪我だらけなんだ?

無抵抗の女に拷問する趣味なんてねぇんだけど…」


「まぁ、仕事ですから」





やばい。


なんかよくわからないが、幸架が暴れたのは確かなようだ。




今日の任務は、異常性嗜好者の情報屋にハニートラップをかけること。

で、情報を得たら処分だったはずだ。



報復はもちろん予測していたが、なんか様子が違う気がする。







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