第51話



「お姉さんの怪我がお姉さんの大事な人に負わされたものとか。

その人がお姉さんをそんな風にした理由が何かとか。

お姉さんとその人のバカみたいな思い違いとか。

お姉さんの言う"普通"じゃわかるわけないかもしれないけど、僕にはわかるのが当たり前。

これが普通なんだよ」


「(…………)」


「普通には聞こえない音が聞こえて、見えて。

でも、お姉さんにとってはそれが普通なんでしょ?」


「(……………)」


「普通の寿命とか、普通の生き死にとか。

お姉さんの言う"普通"って、普通じゃないよ。

それは"理想"だ」


「(………っ…)」








思わず息を飲んだ。


私の思う"普通"が、私の"理想"?






学校に行って、勉強して、夢に向かって努力して。


好きな人ができて、愛する人になって、愛しあえて、その人と添い遂げて。



死ぬ瞬間に、あの2人のように笑って死ねる人生。













そうか。
















私は、憧れていたのか。


















「(………ハハッ)」


「……?」


「(その通りだな。理想だった。

……普通とか異常とかじゃなくて、夢だったんだ」






自分には一生手に入らないと思い込んでいた"普通"。


愛し、愛されることさえないと。

平和な日常に、ただ笑って過ごし、生きて死ぬこと。



それは、


私が望んでいた、たった1つの理想…。






「(私はいつでも死ねる覚悟してきたつもりだったのにな…。

………私、本当は生きたかったのか)」



「………ホント、バカだねぇ」






アズサは、私の方をチラリとも見ない。


何も聞いていないフリをしている。






必死で嗚咽を噛み殺す声も、聞こえないフリをしてくれている。











「お姉さん。誰だって生きていたいんだよ。

誰に望まれなくても、誰に愛されなくても、

幸せに生きていたいものなんだ」



「(………っ…っ…)」



「誰だって死にたくないし、死ぬことが怖いのだって当たり前さ。


それでも死を望む人ってのはね、もう生きる方法がわからなくなった人だけだ。

でもそう言う人だって本当は生きていたいんだよ。


苦しくても、つらくても、死にたくても、例えどんなにたくさんの人を殺して来た人だとしても。

望まれて、愛されて、生きていたいものなんだ」















──それはね、罪でもなんでもないんだ



















実験のために生まれてきた。


人間としては望まれず。

道具としてこの世に生み落とされ、生きてきた。




幸架と2人、必死に生きてきた。






幸架だけが私の世界だった。








それなのに、いつの間にか幸架に苦しそうな笑みしかさせてやれなくなっていた。



理由もわからず、聞くことも怖くて、見て見ぬ振りをした。



誰よりも私を大事にしてくれていた人から、私は逃げたのだ。






別れを告げられたくないと言うわがままで、拒絶した。










そうしなければ、生きていけなかったから。











私は、そうやって自分のために彼から逃げたのだ。



幸架だって生きたいたいに決まっているのに。



誰かとともに、生きて生きたいはずなのに。










自分のために、何も考えずに拒絶してしまった。




理由も話さないまま、彼自身を拒絶してしまった。








「お姉さん。泣きなよ」


「(……っ、泣きたいのは、私じゃない)」


「だからさ、それはお姉さんの心じゃないでしょ


「(私の、心?)」


「そう。泣きたいのは私じゃないから泣いちゃダメ。

私は加害者なんだ。私に泣く権利はない。


そんなもんどうでもよくない?

心が泣きたいって言うなら、笑いたいって言うなら、泣いていいし笑っていいんだよ。


だって、」

















──心は自由だろ?

















あぁ、本当。


一歳差しかないのに、何故こうも見ている世界が違うのだろうか。


自分の方が、歳上のはずなのに。









「(………そー、だな…っ)」










自分はやっぱり、泣き虫のようだ。

いくら歳を重ねても、私は弱いままだ。



そして、以前泣いた時は幸架がこの涙を拭ってくれた。







その優しい手は、もうこの涙を拭ってはくれない。












私が、彼から逃げたから。


何よりも大事だと思っていたのに。

幸せになってほしいと願っていたのに。



私が一番、幸架を不幸にした。



してしまった。












「………後悔するなら、ちゃんと向き合わなきゃダメだよ」


「(……っ、もー、逃げねー…っ。

今度こそ、ちゃんと、…あいつの話、最後まで、っ…)」



「うん。聞いてあげなよ。

きっとたくさん言いたいこと我慢してくれてると思うよ?」



「(……うんっ、……うん…っ)」








いつも私の話を聴いてくれた。

受け止めてくれた。



泣いていいよと、優しい手で抱きしめてくれた。









今度は、私が彼の心に寄り添おう。










私の心が、そうしたいから。






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