第50話




「さて」


「(…?)」





アズサが立ち上がり、うーんと伸びをした。

それから私の方へ振り返り、にっと笑う。




「ゲームを続ける?それとも、やめるかい?」


「(は?)」


「今言った通り、俺はもう平凡な勝負は飽きたんだ。

最近はギリギリまで近づくのが趣味なんだよね」


「(………本当に悪趣味だな)」






アズサが私に手を伸ばした。


胡散臭い笑顔はそのままだ。





「リタイアするか、続行するか。

お姉さんが選んでよ」


「(………………)」







つまりは、


これからは命掛けないといけなくなるけど、どうする?


と訊きたいのだ。





何故こんなことを聞くのかといえば、これがアズサの一方的なお遊びだからだろう。


この遊びにまだ付き合ってくれる?と言いたいのだ。






「(………いーぜ。どーせ行くあてはねーし)」






差し出された手を握り返した。









「さすが。

やっぱり裏社会で生き抜いてきただけあって度胸あるね、お姉さん」


「(死線ならいくらでも彷徨(さまよ)ってきたからな。今更増えたって変わんねーよ)」


「あ。お姉さんは安全だから安心してよ。

僕は無理やり付き合わせてる相手の命まで駒にする気はないし」


「(かってにしろ。

私の命使いたいならかってに使えよ。

どーせもうロクに長生きしねーし)」


「何で?」





不思議そうに首をかしげるアズサを見て、私は苦笑を漏らした。


私のこんな格好を見て普通に生き死にできると思っているのだろうか。

まぁ、モルモットとしてしか裏社会を見てこなかったのなら、この反応も当たり前か。





「(薬で寿命は伸びたけど、この耳と目はかなり精神削(けず)んだ。

聞きたくないものは聞こえるし、見たくないものも見える。

人より特化してるってことはな、どうしたって普通には死ねねーんだ)」


「……………」






さっきまでの笑みを消し、アズサは私をじっと見つめる。


そして、重ねたままだった手に視線を向け、ほんの少し力を込めて握られる。





「………お姉さん、バカだね」





ふわりと体が持ち上がったも思えば、いつの間にかおんぶされていた。



アズサはゆっくりと歩き出す。






「普通じゃなきゃ、普通に生きられないって?」


「(……………)」


「お姉さんの普通って何なわけ?」






普通?


普通とは、命の危険なんて考えなくてよくて、普通に学校に通って、勉強して、未来の夢を考えて、毎日努力して…。


特化したものなんかなく、夢のために自分の能力を伸ばすためにコツコツ練習したり勉強したり、…。





それが普通なんじゃないのか?






「僕の普通は、僕の全てだ。

今やってみせたように、お姉さんの名前当てるのも、ゲームで遊ぶのも、大人騙して組織潰したりするのも。

全部僕の普通さ」



「(いや、どー考えてもそれは普通じゃねーだろ)」




「普通だよ」



「(……………)」







来た時と同じように、アズサの歩みには迷いがなかった。


くねくねと、道のない道を進んで行く。






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