第43話



〜・〜




目の前には、鬱蒼と茂る森。

後ろには、雨で増水した川。





全身雨と汗でグッシャリしながら、ようやくたどり着いたそこ。






──隠れ森









ここなら、絶対幸架も入ってこない。


入っていたとして、むやみやたら歩き回れる場所ではない。







久々に来た。









最後に来たのは、あの2人の遺体を発見した日。




ガクリと膝が崩れた。

半日歩き通しだったせいで、体力が限界だったらしい。




ズルズルと体を引きずり、なんとか近くの木に寄りかかることができた。








体も本調子ではない。


ここにくる途中、なんとなく傷によって自分が風邪をひいていることもわかっていた。





それでも立ち止まることはできないから。








苦しい。


痛い。






でもきっと、私より、


私にこんなことをした幸架の方が、苦しんでいる。








というよりも、幸架にこんなことをさせたのは私だ。



理由も話さずに突然離れるなんて宣言をされたら…。


自分が幸架と同じ立場だったのなら、絶対に納得なんてできない。



何としてでも引き止めたがった幸架と、同じような行動をしていただろう。







この怪我は自業自得のものだ。









でも、本意じゃないとはいえ、幸架と離れることができた。



私が逃げ切れば、幸架も諦めがつくだろう。





そうすれば、幸架はやっと私から解放される。


幸架は、愛する人の元に行ける。










「…………っ、っ…」




乾いた笑いが、音もなく漏れた。


これでいいはずなのに。

この展開を望んだはずなのに。









どうして、こんなに苦しいんだろう。












溢れそうになる涙を必死でこらえた。


泣くな、泣くな。




泣きたいのは、私じゃない。

泣いていいのは、私じゃない。







体を打ち付けてくる雨が、無慈悲に体温を奪っていく。


それと同時に、心の底まで、芯から凍りつくように冷たくなっていく。


























「ねぇ、お姉さん。

せっかく死にに来たのに、そんなところで力尽きたの?」





















突然かけられた声に、重い首を何とか持ち上げて顔を上げた。


そこには、傘もささずにこちらを見下ろす男子高校生がいた。




顔も体も傷だらけで、かと言ってそれを治療している様子もない。


着崩した服から見える首元も、かなりエグいことになっている。



こちらを見下ろす瞳は黒く、冷たい。








それでも、第一印象は、


とても綺麗な顔をしているな、


だった。












「………………」


「お姉さん、死ねればどこでもよかったって感じ?」


「……………」


「だんまりか」


「…………っ、…っ、」


「ありゃりゃ」








パクパク、と口を動かして見せると、男子高校生は私の状況を悟ったらしい。



声も出せず、四肢は動かせず、高熱でここまで雨でぐちゃぐちゃになりながら歩いて来た、と。










「アーズー!どこー!

んもうっ!まーたすぐどっか行っちゃうんだから〜」


「アーズ君!どこー!」













もう葉桜になった桜並木から、女子高生数人の声がした。


うわっ、最悪、という顔をしている男子高校生を見た。

この綺麗な顔につられてきた取り巻きというところか。






「で、お姉さん。

俺ここ入るけど、お姉さんも入るなら一緒行く?」



「…………っ?」









は?なに言ってんだ?こいつ







ここは隠れ森。


入れば帰ってこれないことで有名な森だ。






今から入る宣言を軽々しくできるような森ではない。






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