第40話




璃久を抱き上げ、浴室に入った。




汗や血液、涙を丁寧に洗い流す。

傷口は広げないよう、慎重に。





タオルで体を拭くときも、傷つかないよう細心の注意を払った。


今はまだ正気とはいえ、まだ完全には冷めていない高揚感には気をつけなければならない。





ほんの少しの気の緩みで、今度こそ璃久を壊して………いや、違うか。






苦笑が漏れる。


次に漏れたのは、嘲笑だった。










──私といる時、ずっと苦しそーに笑ってるよな













「……その通りです。

その通りですよ、璃久さん……っ…。

だって私は、……誰よりもっ…」













──別の道を歩いていこーよ













「すみません。璃久さん。

ごめんなさい…。


俺は、あなたから離れられない。

あなたを逃すことが、できない」














下着をつけ、その後璃久がいつも着ている服を着せた。

ズボンははかせていない。



そのままリビングへ戻り、切断してしまった腱の治療に移る。



絶対に動かないよう麻酔を打ち、強力な痛み止めも打った。

万が一のため、口にはハンカチを噛ませる。




開理のような専門知識はない。



付け焼き刃程度でしか知らないが、やったことがないわけではない。




記憶を頼りに、切断された腱を何とか治療した。








次に折った両腕と右足を固定した。



たぶん璃久は膝や肘を使って這うように進むことになる。

だから、膝や肘には固定具が来ないよう何とか患部を固定した。





それが終わった後、ズボンを履かせる。


それから璃久がいつも着ているパーカーに、璃久がいつも使っている装備を詰めて着せた。




ライフルは重いか。


でもきっと、必要になる。








万が一、私が璃久に辿り着くような事態になれば、その時は…。











30発もライフル弾を持たせては、重症の体を引きずって逃げることはできない。


10発だけ予備を詰め、ライフルは解体したまま鞄に詰めた。

肩に斜め掛けできるタイプの鞄だ。



左肩からかけられるように調節した。



璃久の右肩は、俺が折ってしまったから。












ライフルの入った鞄に、ついでに治療具も入れた。

痛み止めと、激痛で眠れない時のための睡眠薬。




それを寝室に持って行き、床にまとめておいた。










そして、ソファーに寝かせていた璃久の元に戻る。




綺麗な茶髪の髪を、さらりと撫でる。




水とアフターピルを口に含み、璃久の口に流し込んだ。


しっかり嚥下したのを確認し、璃久の唇を指で拭う。












最後だと思って、触れたことを許してほしい。

















「……ごめんなさい。

璃久さん、………私から、逃げてくださいね」
















何としても。

どんな手を使っても。





俺を、殺してでも。















お願いだから、逃げてください。


生きていてください。





幸せになってください。














だから、















俺の方へ、絶対に振り向かないでくださいね。














璃久を抱き上げ、ゆっくり布団に寝かせた。


もちろんシーツや布団カバーは変えてある。





細く、華奢な体に布団をかけた。












ここで最後のキスくらいできればよかった。



でも、そんなことはできない。













綺麗な彼女を、


もう俺が汚してはいけないから。















俺ができることは、1つだけ。













できる限り、ここに戻って来ないこと。



璃久が逃げる時間を、稼ぐ。













ここからは、自分との勝負だ。












「………璃久さん。行ってきます」



















こんなことをしてしまったけれど、




私は、















あなたを愛しています。

























だから、






























──さようなら











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