第39話



〜・〜

幸架side






ハッと我に返った時には、もうすでに遅かった。





目の前には、青い顔でグッタリと意識を飛ばした璃久の姿。



明らかに変な方向に曲がった両腕と右足。

左足の腱切断による出血で、ベッドが赤く染まっていた。



叫びすぎて潰れた喉からも出血があったらしく、吐血した形跡もある。







「あ…」










璃久の頰に手を伸ばし、触れる直前でビクッと引いた。




それから躊躇いがちに璃久の臍(へそ)より少し下、下腹部に触れる。


優しく撫でるように触れたとき、自分のしてしまったことをありありと実感させられた。






しかも、………避妊、していない。











ゆっくり璃久の体内から自身を引き抜き、服を整えた。





しばらく呆然と璃久を眺めていることしかできなかった。












大事に大事にしてきた。


守らなければと、男である自分が守らなければ、小さくて華奢で、脆い璃久はあっさりと壊れてしまう。




だから、自分の衝動を、必死に抑えてきた。




それ、なのに…。













「……っ、璃久、さん。

すみません………ごめん、なさい、

ごめんなさい……っ、……ごめん…っ」














抑えられなかった。


自分どころか、璃久さえ見えていなかった。













このまま一緒にいれば、壊してしまう。

取り返しのつかないところまで、

今まで築いてきた信頼も、関係も、


璃久自身も、




壊してしまう。












もう壊れているかもしれない。














でもダメだ。


璃久が目覚めれば、また自分が何をしでかすかわからない。


出て行くと再び言われた時、今度こそ絶対に耐えられない。






璃久を、逃がさなければ。






でもどこに…?


どうやって?











理性が飛んだ自分を抑えてくれるのは、いつも湊だった。


でももう、湊はいない。

もう頼れない。



もう頼っては、いけない。







蜘蛛やルナに預ける?








ダメだ。


璃久は声が出ない。

そうなれば、ルナと蜘蛛は声の出る俺の言うことに耳を傾けるだろう。


いくらでも、言い訳も嘘もできてしまう。



私は蜘蛛とルナに一応の信頼は得ている。

それが、こういう時一番邪魔になるなんて…。








どうする…。


どうすれば、璃久を逃せる…?












その場でしゃがみこみ、俯いた。


床についた両手を握りしめる。






遠慮なく握りしめた手の指が折れる。

爪が食い込み、皮膚が裂ける。






でもそんなことはどうでもいい。

この痛みのおかげで、少し冷静さが戻ってきた。












私は、私から璃久を逃す手段が見つからない。




でも、璃久なら?


私を一番よく知っているのは璃久だ。









それなら、この部屋からすぐ出られるように。














…本当は、離れたくない。














ずっと一緒にいたい。


どんな手段を使っても、例え嫌われてしまったとしても、憎悪の視線を受けることになっても。





どうしても、側にいたかった。







自分のものにできなくても、

璃久が私を選ばなくても、


側にいたかった。












璃久に大事な人ができれば、祝福しようとさえ思えていた。


最近はむしろ、璃久が幸せならと何でもいいと思えるほどにまでなっていたはずだった。












それなのに。














唇を噛んだ。


口内に痛みと鉄の味が広がる。








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