第37話




ピタリと幸架の動きが止まる。



ぐったりと動かない私を見て、優しく髪に触れ、肌に唇を寄せて来る。






いくつもいくつも華を散らされ、噛み跡を残していく。






痛みで悲鳴をあげるのに、私の喉は枯れ、空気の通る音しか漏れない。








「あぁ、そういえば」


「…………?」


「璃久さんの仕事、断っておきましたよ」


「!?」


「代わりに俺が行ってきますので」


「!?!?!?!?」







スルリと幸架が私の体の線を撫でた。


困惑する私を見て、嗤っている。






「でも、俺が帰ってきたときに璃久さんは逃げていそうですよね」


「…………っ」





キッと睨みつけるが、幸架には微塵も効果を為していない。


両足と左腕は使えないが、右手は使える。






でもきっと、








「その右手、邪魔ですね」













やっぱり。















「…………っ‼︎‼︎」



バキッという音が響く。

折るなら徹底的に。



綺麗に折る必要はない。

逃さないようにするためなら、むしろ粉々にするべきだ。


実際幸架はそんなふうに私の腕を折った。


私たちは、そうやって生きてきた。













右腕どころか、肩から折られた。



あまりの痛みに唇を噛んでやり過ごそうとするも、そんなものでは耐えられないほどの激痛が体中を襲う。







「噛んじゃダメですよ」







幸架の指が唇にそっと触れた。


かなりの力で、でも優しく私の口を開かせると、そこに2、3本指を突っ込まれる。





それと同時に、幸架が動きを再開した。







体が揺れるたび、折れた四肢から激痛が走る。


思わず口に突っ込まれた幸架の指を思いっきり噛んだ。





それなのに、幸架は嗤っている。










「明日は、大人しく待っててくださいね?」


「……っ、……っ、………ぅ、ぁ…っ」


「そうすれば、今日はもう終わってあげますよ」









──どうします?
















耳元で響く甘美な声は、




まるで悪魔だ。












今日"は"、ねぇ…。



やめる気なんて、サラサラねーくせに。











もとより、今まで働いてきた分、金など腐る程ある。


本来働く必要などないのだ。



ただ、何かしていなければ、生きていけないと思った。

だから仕事をしていた。



それだけだった。








でも今、幸架は仕事より私をここに留めることの方を優先と判断した。




つまり。










飼い殺しにされる。














「璃久さん。頷いてくれれば、今日はもう痛みもなくゆっくり眠れますよ?」


「ぅ……ぁ………っ、……っ」


「それとも、」















──俺ともう少し、遊びますか?















痛い。


耐えられない。



それなのに、体を貫く熱は、ドロドロに溶かしてくるように甘くて。


痛みと快楽で、正常な判断などできなかった。






どうしていいかもわからず、

逃げる方法も見つからない。





でもそれよりも恐ろしいのは、
















こんな状況なのに、

逃げることよりも、


そんなことよりも、



















苦しそうに嗤う幸架を心配している、




自分の方だった。








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