第32話



〜・〜






幸架は、私を甘やかすように抱く。




たかだか慣らしだ。

それなのに、少しでも痛くないようにと気を使うのだ。




そんな手間のかかることなんてしなくてもいいと言っているのに、そんなことはできないと言う。










重い体をゆっくりと起こす。


窓から入る月明かりは、銀の冷たい光を放っていた。










「璃久さん」


「あ…。サンキュー」







ココアのカップを渡され、それを受け取る。

温かさと甘みが、じんわりと体を癒してくれた。









「………なー、幸架」


「はい」


「………嫌なら、こういうのいつだって断っていーんだぜ?」


「…………」








いつも、泣きそうな顔をしている。


行為の終わが近づけば近づくほど、

苦しそうに、つらそうに私を見て、抱きしめてくるのだ。







「……俺が断れば、別な人に頼むのでしょう」


「まぁー…。自分で慣らせれば、それがいーんだろうけどな」







やはり体格差のある男に抱かれるのに、全く恐怖がないわけではない。


もちろん日常からピルは飲んでいるし、万が一のためにアフターピルも常備している。





それでも、自分より大きな男に押さえ付けられて蹂躙(じゅうりん)されるだけの行為が、怖くないわけではないのだ。






それに相手は大抵が異常性嗜好者(いじょうせいしこうしゃ)だ。




自分で慣らせるのは体だけ。

抱かれる怖さに慣れておかなければ、体温低下や濡れない、なんて状態ですぐにバレる。



バレれば、異常性嗜好者は喜ぶだけだ。

ヒートアップするのは目に見えている。









「………璃久さんが、俺でいいならいいんですよ」


「……………」






幸架に抱かれることが怖いと思ったことはない。



ただ、やっぱり力の差はあるんだなと実感させられる。









与えられる快感は強烈で、そっちの方が怖い。


逃げようとしても、身動き1つ取らせてはくれない。

細身のくせに、幸架は力が強いから。






そのくせ、大事に大事に触れてくる。









壊れないように。


壊さないように。













「…なぁー、幸架」


「はい」


「むしろさ、私なんて抱いて嫌じゃねーの?」


「え?」








好きな人がいるのに、仕事のためだけに利用されて。




幸架は、仕事で女を抱かない。

それを、この前初めて知った。









私はそれを聞いたとき、かなり衝撃を受けた。


木田が幸架に言っていた。









──お前ずっとベッタリだろ?


──正直、他の女なんて抱けないって思ってた。










そして、それらに対する幸架の答えは…。












──抱けませんよ











つまり、幸架は好きな女以外を抱きたいと思ってはいないのだ。


そしてそれだけ大事で強く想うほどに愛する人。





私を抱くのは、私を妹のように大事にしてくれているからというだけ。


仕事中少しでも、痛くないように。

負担にならないように。

失敗しないように。




そんな理由で無理に慣らしに付き合わせていいのだろうかと、

幸架に好きな人がいると知ってから、度々(たびたび)考える。









「…嫌なわけ、ないじゃないですか」


「…そーか」


「嫌そうに見えましたか?」


「……………」






ふわふわと、ココアから湯気が登る。

それと一緒に、甘い香りが寝室を満たしていく。




それなのに、冷たい月光が部屋を冷ましてしまうのだ。










私は、自分の体は仕事道具程度にしか思っていない。



数ヶ月前、それが最善だと判断して自爆した。






それなのにゼロに生かされて、今も生きている。








でも、あの日へと時が戻ったとしても、

また近い未来同じような状況になったとしても、



私はきっと、自爆する道を選ぶ。






それで大多数が守れるのなら、私の犠牲など安いもので、最善策だ。






体もそう。

私の体1つで得られるものがあるのなら、

仕事ができるのなら、


誰に抱かれても関係なく思う。






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