第31話



「………璃久さん」


「な、…ん、だよ」


「私は、ずっとここにいますよ?」


「は…?」






幸架は私の頰から手を離し、ウィッグをパサパサといじり始めた。






「…家でくらい、こんなもの被らなくていいのに」



「………………」



「最近また家でも男装し始めましたね?

何か意味があるんですか?」



「……別に。気分で」



「…………………」








幸架をじっと見つめ返す。

幸架も、私を探るように見つめる。



私が嘘を言ってることなんて、気づいているだろうに。






「…明日は、仕事ですか?」



「いや…」



「私も休みです。

……久しぶりに、親則(ちかのり)さんのところにでも行きますか」



「あ………」








そういえば、最近忙しくてカフェに行くこともなかった。


もう5月下旬。

1ヶ月くらいは行っていないのか。






「そー、だな。行くか」


「………璃久さん」


「何だ?」


「……璃久さん、明後日(あさって)"仕事"ですよね」


「…………そーだな」


「どうしますか」


「………………」







いつもと違う、"仕事"。

明後日の仕事は、ハニートラップ。






依頼は、ある男が持っている極秘情報を引き出して来いと言うものだった。




その男とは、情報屋ではあるものの、強気な女を組み伏せるという悪趣味な性嗜好者で、情報の対価もセックスを要求してくるらしい。



依頼してきた組織も、組織中の女を使って交渉きたらしいが、男の好みではなかったらしく…。





で、たまたま私の写真を見せたらOKが出たということらしい。


かってに顔写真使われたので、もちろん任務報酬は通常の5倍要求した。



もちろん情報を引き出したあとは、処分するよう依頼されている。







そして、こうやって必ず性交に至ることが決まっている場合、問題が1つあるのだ。









性交経験がないわけではない。


しかし、久々すぎると、慣れていないこの体は異物を受け付けてはくれない。






つまり、痛みが発生するのだ。









ハニートラップを仕掛けるのに、痛がっていてはビビるだけで成功などしない。









だから。












こういう依頼が来た時、その2日前に"慣らす"のだ。




幸架に、頼んで。













前日にやらないのにも理由がある。


ハニートラップを仕掛ける相手にもよる。

しかしこういう相手は大抵の場合、前日に誰かと行為を行った相手としたいなんて思わない。



しかも色仕掛けでしか落ちないような相手だ。

手練れの相手には体の状態で、前日にしたかどうかなどバレる。



だから、2日前。






つまり今回で言えば…。












「璃久さん。夕飯は食べましたか?」


「いや…」


「どうします?」


「…今日はいらない」


「それじゃあ、またあとで」











脱衣所から出て行く幸架は、私が持っていたウィッグを持って出て行った。


しかも丁寧に、薄着の服だった私に自分が着ていた上着をかけて。









「……いつもより冷てー声のくせに」













ついボヤいてしまうのも、許してほしい。



今日幸架は、いつもより機嫌が悪いようだ。



















嫌われたくない。


見離されたくない。











「…………ははっ。

…やっぱ、女じゃなきゃ、よかった」














自分の体を抱きしめるようにうずくまった。



今以上に、

女である自分を憎んだことはないだろう。

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