第21話
〜・〜
「あのっ!」
帰り際、一階まで戻って来た時だった。
受付のお姉さん──愛菜(まな)というらしい──が、私に話しかけて来た。
何が言いたいかはだいたいわかる。
「あ、あの…」
「…………何」
「あ、秋信さんは…ゆ、往焚さんとは付き合ってないって、聞きました。
でも、ゆ、往焚さんは、秋信さんを自分のだって…
どういう、ことですか?」
もじもじと遠慮気味に聞いて来るが、その瞳にはプライドと自信が宿っている。
こういうタイプが一番面倒だ。
執着ばかり強く、周りも自分も、そして相手も見えていない。
幸架のルックスしか、見ていない。
「どーいうことって?」
「付き合ってないのに、自分のものって…」
「それが?」
「わ、私…が、そんなに、嫌いですか?」
愛菜が目を潤ませた。
この場にいる蜘蛛の組員が、一斉に私を睨みつけてくる。
愛菜はモテるらしい。
私からすれば、ぶりっ子ナルエゴイストだ。
「嫌いだけど?」
「え…」
そんな…という衝撃を受けたような顔をされた。
そんな顔をするくせに、彼女は自慢げな色を瞳に宿している。
これで同情は自分に向くとでも思っているのだろうか。
まあ当たり前だが、彼女の思惑通り私に敵意の視線が向いた。
でも、それが何だという?
今の私には、幸架より大切なものはない。
「あんた、何も見えてねーよな」
「え?」
「好きなら、相手が困ってることくらいわかれよ」
「えっ」
困ってたんですか?という視線を、愛菜が幸架に向けた。
その視線をどう受け止めればいいかわかっていない幸架は、やっぱり困ったような表情をしている。
「それとあんたさ、私たちが今日何のためにここにきたか、わかってんだろ?」
「それは…受付にいたから、ちゃんとわかって…」
「わかってんなら普通そんな行動できねーよ。
それとも何?傷心中狙ってたわけ?」
「………っ…」
「空気読めないにもほどがあんじゃねー?」
私に向いていた敵意の視線が緩くなる。
だって、私は間違っていない。
私たちは、亡くなった2人に最期の別れを言いにきたのだ。
この女の行動は、不謹慎極まりない。
「だ、だって…
秋信さん、あんまりここにいらっしゃらないから…」
「だったら如月とか晶とか蒼とか、連絡先知ってるやつに教えて貰えばいーんじゃねーの?
話ししたいとか会いたいとか思ってんなら、ちゃんと秋信の都合考えろよ」
「………っ…」
愛菜がポロポロと泣き出す。
私には、再び非難の視線が向けられた。
言い過ぎだとか、言い方考えろとか。
「どうした?」
「あ……如月、さん…」
相変わらずタイミングの悪い…。
ちょうど、エレベーターから如月が降りてきた。
泣いている愛菜を見た後、如月は全員が冷めた視線を向けている私の方を向く。
「往焚、なんかあったのか?」
「………別に」
「お、おぉ…?
何もなかった感じじゃないけどな?」
「如月さん!
この女が、愛菜さん泣かせたんですよ!」
「お?泣かせた?」
私の発言が責任逃れに聞こえたのだろう。
愛菜に惚れ込んでいる様子の男が声をあげた。
ことのあらましを詳しくまくし立てる。
馬鹿な男だ。
自分の首を絞めていることに気づいていない。
愛菜の顔色だって、どんどん青ざめていく。
明らかに場違いな発言をしたのはそちらであって、私ではない。
「……なるほどな」
話を聞き終わった如月は、やれやれといった表情をした。
「せっかくお別れに来たのに悪かった。
ここにいるやつには俺からちゃんとお説教しておこう」
「おー、ちゃんと躾(しつけ)とけ」
「すまんすまん」
「如月さん!何でですか!」
如月がため息をつきながら喚く男性組員をなだめる。
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