第19話




「………湊さん。

やっと、幸せになれたんだな」








彼の遺体は、かなりやせ細っていた。



普通の食事ができなかった彼。

でも、自分は人間でいたいとけっきょく普通の食事もうまくできず、さらに人の血もを拒んだ彼。



人でありながら人ではない自分を愛せなかった彼は、唯一自分と真っ直ぐに向き合ってくれる少女を欲した。







肉体的にも、精神的にも、

彼はずっと飢えていた。











そんな彼が、今は満ち足りたように微笑んでいる。













「ゼロ…」






彼に寄り添う彼女は、この場所だけが自分の居場所だと言うように、安心した表情をしている。



記憶のある彼女は、黒や赤、色素の薄いイメージは確かに多かった。






まさか、こんなに真っ白な人だとは思わなかったけれど。











全てを知っているくせに、何も知らない少女。



知識や情報ばかり記憶して、実感としても見聞きしていても、彼女自身は何も知らない。

覚えていない。








生前最後に見た彼女は、泣いていた。






何故自分が泣いているのか、わかっていないようだった。











世界を夜に染め、その夜を闇で壊した彼女は、

その手で新しい朝日を昇らせた。



そんな彼女の本性は、純白。











ただひたすらに、愛する人の願いを叶えるためだけに、悪として舞台に立ち続けた。





全て知っていて、全てを掌の上で転がす人。

でも本当は、何も知らない、無垢で純粋な人。




この、純白のように。













「2人とも、ゆっくり休んでくださいね。

…私たちは、まだ会いに逝けませんが、

次お会いした時は、お二人に自慢できる土産話を持っていきますね」







いつの間にか隣にいた幸架が、2人の手に触れていた私の手を上から覆った。




その体温で、自分の手がかなり冷えていたことに気づく。









「………戻りましょう?璃久さん」


「……………あぁ。そーだな」












最後に、一度だけギュッと2人の手を握った。


















本音を言えば、



生きていて欲しかった。




生きて、生きて、




幸せに生きて欲しかった。













それで、いつもの日常に彼らもいて、


湊の鬼畜さにゼロが必死に逃げようとして、


それさえ予測した湊が笑うのだ。







それを見て、私と幸架がお腹を抱えて笑うと、ゼロがふてくされたような、助けを求めてくるような視線を投げかけてくる。





それを見て見ぬ振りをすると、彼女が報復をしだすのだ。



一度だけ、本気で魔女鍋を出されたことがある。

あの味は………凄(すさ)まじかった…。


というか資格や味覚だけでなく、五感すべてに対する暴力だった…。

もはやトラウマレベルで…。


そんなところで最高の知識を発揮しないで欲しかった。












でも、2人が望んだのは、

そう言う日々ではない。













生きていれば、彼らの一生は。

史上最高で最悪の兵器として、

道具として、

生きていかなければならないのだ。






たとえ自由を勝ち取ったとしても、

2人の中の血は変わってはくれない。





身体能力だけを上げている私たちとは違うのだ。




あの2人は人でない遺伝子も多い。

人間として生きていくには、窮屈すぎる。















いくらルナが裏を統治したと言っても、完璧ではない。

表社会の闇だって、全て消せたわけではないのだ。










この結果が1番、2人のとって幸せだった。

きっとただ、それだけだ。












だから、


思い出は大事に。

でも決して振り返らずに。










進もう。












新しい世界が、始まったのだから。









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