第17話
木田が扉を開けた瞬間に漂ってくる冷気。
躊躇いがちに部屋へ一歩踏み出すと、全身を刺すような冷気に包まれた。
部屋の中央にある台の上に、大きな棺が置かれている。
そっと近寄った。
「…………っ…!ぅ…わ……」
後ろから棺を覗き見た奏多と凪流が、思わずというように口元を押さえ、絶句していた。
光の当たらないこんな場所でさえ、2人がとても美しく、綺麗だったから。
「………手、戻したんだな」
「あぁ。
……さすがにもう引き裂いたりしねぇよ」
2人は永遠の眠りの中でも互いに寄り添い合い、幸せそうに微笑み、柔らかく手を繋いでいた。
きっとこれが彼と彼女の素顔なのだろう。
今まで見たどんな顔より、どんな表情より、彼ららしい顔と表情だった。
「この人が……ハル、だった人?」
凪流が真っ白な女──ゼロの顔を覗き見る。
それに悠が答えた。
「……そうだよ、凪流」
「…………そっ、か…」
苦しげに微笑み、凪流が棺に近寄った。
穏やかに眠る彼女と、愛おしげに彼女と微笑む彼を見て、嬉しそうに、泣きそうに笑う。
「………触っても、いいですか?」
「構わない」
「ありがとうございます」
木田に許可をもらうと、凪流は彼女の頰にそっと触れた。
「……お疲れ様、ハル。
私ね、やっぱり要領悪くてさ。
暗記は相変わらず下手くそだし、会社でもミスばっかりだし、残業しないとついていけないし…」
奏多が一歩前へ出ると、凪流の肩を抱いた。
「……でも、…でもねっ!
今も一緒にいる悠が、いっぱい助けてくれるんだよ!
すっごい有能でさ、私なんて、あっという間に追い抜かされちゃう…。
でもでも、いっつも手伝ってくれるんだ〜
…ハルは、どっちの悠も、私に優しすぎるよね…」
ほろり、ほろり、と凪流の頰を涙が伝う。
遺体を濡らさないよう必死で拭っているが、止まらない涙はどんどん袖と頰を濡らしていく。
「はる……はるっ…はるぅ〜」
見た目は全然違う。
顔立ちも、全く違う。
それでもわかるのだろう。
共に過ごした日々が、きっと私たちの中に根付いている。
その根が教えてくれるのだ。
確かに、彼女たちは生きていて、
私たちと共に時間を過ごしていたいうことを。
「……ハル、凪流は、俺がいるから大丈夫だ。
それと、こっちの悠はお前よりド天然だぞ?
でもま、ちゃんといつもの3人で何でも乗り越えてやるから、安心してくれ。
それと……颯斗さん」
泣きじゃくる凪流を抱きながら、奏多が微笑んで言った。
それから、彼女の隣に眠る彼に話しかける。
「………颯斗さん。
悠を、幸せにしてくれてありがとう」
奏多と凪流は、実験のことを知っている。
もちろんテレビでも特集を組まれているし、悠からの説明もされただろう。
あまりに壮絶な内容なので、多少はぼかして悠は説明をしたらしい。
だから、2人がどんなふうに産まれてきて、生きてきたのかも、凪流と奏多は知っている。
ようやく解放されたのだ。
史上最高、最悪の兵器として生まれてきた、
その"業"から。
奏多と凪流が下がる。
それと同時に悠が前に進み出た。
「………お久しぶりですね
悪魔さん、湊さん」
懐かしげにふわりと笑うと、2人の繋がれた手にそっと触れる。
切なげに、苦しげに。
「………私は、ルナのお手伝いをすることにしました。
もちろん、表の会社でも働いています。
でも、あなた方を見ていたら、何かしてみたくなったのです」
悠は、何か吹っ切れたような、スッキリとした表情だった。
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