第32話



「なぁ…。もう実験完成してんなら、お前らの遺伝子でも実験してみれば?」


木田のその言葉に、俺は凍りついたように動けなかった。


「おいおい木田。

俺らの遺伝子なんて、何に使えるんだよ」


「いーじゃんいーじゃん。

強制力があるお前と、それの効かないこいつ。

おもしれぇやつできるかもよ?」


「そうかー?」


「いや…俺は、やめておく」


「なんだよ、咲夜。乗り悪りぃな…。

あ、そうだ」



にぃっと木田が笑う。

俺は時々、こいつは人間じゃないと思ってしまうことがある。


さすが、ルナ最高幹部様だ。



「俺の命令ってことで。

それならやるだろ?咲夜」


「………」


「いいじゃねぇか、咲夜!木田様のご命令だしさー」


「ら、楽生…」




なんで、こんなことに…。

全然乗り気にはならないのだが…。



「そうとなれば相手の女選ばないとな?」


「あ、そうだな。リスト持ってくるわ」




楽生がスタスタと施設内に入っていく。

一応機密情報のはずなんだが…。

そんな簡単に持ち出していいのかよ。




「咲夜」






背筋が凍りつく。

俺はたまに木田から冷たい視線を感じることがある。

いつも和やかに話すのに、まるで天と地ほどの差があるような冷たさが。


楽生がいないと、より鋭い冷たさを感じる。


ふっとバレないよう息を吐き出し、木田の方を向いた。



「……逃げんなよ?」


「……逃げるって、何から?」


「へぇ…。惚けんだ?」


「…………どういう、ことだ?」




木田がにぃっと笑う。

こいつの前にいる時、俺はいつも自分が虫けら同然の価値になったように感じる。


カタカタと震える手を握りしめた。

爪が食い込んで少し切れる。


そういえば、木田は前ルナ最高司令官の父親とそりが合わないと言っていた。

その前最高司令官は今病にふせっているらしい。


状態はどうなんだろうか。



「お前らなら、なんかすっごいの、できそうだよなぁ」


「……木田はやらないのか?お前だって相当特殊だろう」


「ざーんねん。俺はちょ〜っと頭がいいだけ。

お前らみたいな体質はないんだ。

だから……期待してるぜ?」


「……………努力は、する」


「あははっ!それいいな。

ま、ガンバレー」





ひらひらと手を振りながら、木田は去っていった。




最悪だ。

とりあえず、精子の遺伝子を変化させるのに薬を飲まなければならなくなる。


副作用等は改善されてなくなってはいるが、飲んでから1週間は熱に魘されるという最悪なおまけはいまだに解消できないでいた。



早々に頭が痛くなってくる。





「あれ?咲夜、木田は?」


「帰った」


「相変わらずのマイペースだな」


「あはは…」




薬を飲んで1週間、熱が引けば被験体は実験に移せる。

その頃には、もう桜は散ってしまうだろうか。



振り返ると、まだ満開の桜が舞っている。

青い空に吸い込まれていくように、ひらひら、ひらひら、と。





「ほら、選ぶぞー」


「……あぁ」




今日搬入された被験体も合わせて考慮していかなければならない。


被験体たちは、だいたいが組織生まれだ。

10歳までには親と引き離され、監禁されて育つ。



特殊な体質のせいで。

こんな美しい、そこにあるのが当たり前の空さえ見たことない被験体たち。




その場に座ってリストを見始めた楽生の隣に座る。

手近にあった資料をパラパラとめくっていく。




「お前ー、それでちゃんと読めてんのか?」


「え…。なんか変か?」


「変っていうか…。めくってるだけじゃねぇか」


「ちゃんと読んでるから大丈夫」


「……124枚目の女の番号は?」


「58390」


「……68枚目の女の能力は?」


「薬が効かない、だったか?」


「……ほんとに読んでるんだな。

というか、全部覚えてるのか?」


「全部ではないけど、要所要所だけ」


「……咲夜、俺じゃなくてお前が統括やったほうがいいんじゃないか?」


「何バカなこと言ってんの。俺は人をまとめるようなリーダーシップなんてないよ」





楽生のあははと楽しそうな、嬉しそうな笑う声が響く。




その声も、桜の花びらとともに空へ吸い込まれて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る