ある男の記憶 Ⅳ

第31話



「よぉ。お前ら、久しぶり」


「おっ!木田じゃん。久しぶりー!」




ルナの最高幹部、木田誠(きだまこと)はルナ在籍時代から俺らの親友だった。


今日は被験体を運んできてくれるついでに会いにきたとか。




18〜20歳程度の若い男女が窓もない車で運び込まれていく。





「研究、どうだ?」


「もう仕上げだな。

どんな人材が欲しいか指定してくれれば、すぐに用意できるくらいにはね」


「さすがっ!天才はやっぱ違ぇな」


「いやいや〜、よせよー」


楽生と木田が楽しそうに話している。

俺はいつも、2人が話しているのをのんびり聴いていることが好きだった。


今日みたいなないわでなければ。


違和感は、日に日に増してくる。

何かが狂っていくような違和感が。


「はははっ!…それにしても、咲夜は無口になったな」


「いや…そんなことはないよ」


「そうか?疲れてんなら少しは休めよ」


「あぁ。…そうするよ」



木田はこちらを気にかけるような言葉を話した、ら

言われてみれば少し痩せたかもしれない。

早くも夏バテになったのかもしれない。


楽生と木田は近況を楽しそうに話し合っている。


脱退しようとした女をいたぶる話。

研究員が被験体を逃がそうとして2人とも別の研究に飛ばした話。

幹部の中にスパイがいて、拷問して吐かせた後薬の実験体に飛ばされた話。



まぁ、この世界にいればよく聞く話といえばそうだ。

それでも、気分が浮く話ではない。




楽生はこういう話が好きじゃなかった。

実験の時も、なるべく被験体が苦しまないようにといつも気を配っていた。




それなのに。





なぜ、変わってしまったんだろうか。

いや、今までがおかしかったのか。

裏社会の人間としては甘い考えだ。


それでも、人間としてはその感覚は大事だったのではないだろうか。

そう、どうしても思ってしまう。



ダメだな。

俺らの世界で"人間らしさ"なんて邪魔なだけ。





俺も早く順応しないと。







「あ、そういえばさ」


「ん?」


「お前らも特殊っちゃあ特殊だよな?」


ふと、木田が今思いついたというように言った。

嫌な予感がする。



「俺は普通だよ。楽生は恐ろしく頭がいいけど」


「そんな褒めるなよー!というか、咲夜、嘘はダメだろ」


「嘘なんてついてないよ」



俺は楽生に認めてもらえることが嬉しかった。

それでも特別秀でているものは何もない。


本当に心当たりがない。

なんだろうか。


考え込む俺に、楽生が顔を近づけてきた。





「……言えよ」



数秒、じっと見つめられる。

彼には似合わない、強い命令口調に戸惑う。




「……?」


「ほらな」



なんだ?

そんなふうに"言えよ"って言われても、何も心当たりはない。



「なんだ?」


「俺の目、なんか変だと思わねぇ?」


「目?」




楽生の目を覗き込む。

漆黒の瞳。


全て飲み込んでしまいそうなほどの深い深淵の色。

光さえも飲み込んでしまうような、そんな黒。




「……綺麗だな」



吸い込まれるような黒に、ついぽろっとそんな言葉が出た。



「「ブフォッ」」


「え。なんで笑うんだよ」


「あははははっ!綺麗って、あははっ!」


「咲夜、天然すぎんだろ〜」


木田と楽生が心底楽しそうに笑っている。

その笑顔になんだかホッとした。


しかし、俺は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。

うーん…。



「こいつの瞳には強制力があんだよ」


木田が楽生を指して言う。

もう一度楽生の瞳を覗き込むが、さっぱりそんな感じはしない。



「咲夜は俺がなんて言ってもちゃんと意見言うよな〜。

大抵のやつは反論せずOKしてくるんだぜ?」


「へぇ…。なんか、それはそれで不便だな」


「なんで?」


「何が間違ってるのか教えてくれるやつがいねぇってことだろ」


「え…あ、まぁ…。でも、俺にはお前がいるしなっ!」




一瞬表情が陰ったように見えたが、にこにこと温かい笑みを楽生は浮かべた。

役に立てていると、こうやって言葉にして伝えてもらえるとすごく嬉しい。



また頑張ろうと思った。




「お前も不思議な色してるよな」


「何が?」


「瞳だよ。たまに色変わるよな?」


「え…そうか?俺は普通だと思うけど」


鏡で見た自分の瞳を思い出すが、何か変わったところがあるとは思ったことがない。


「あ、あとさ、それにいっつも何考えてるかわかんねぇよな〜」


「…お前らが天才すぎて、凡人の俺の気持ちがわかんないだけだろ」




楽生と木田、2人でで色々俺に質問し始める。

はぁ、とため息をつきながらも答える俺は、優しい表情をしていたと思う。




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