第29話



「あ、湊さん。風呂どーぞ?」


「俺はいい。…あと、このバカも放っておけ」



いまだに唸っているアホ…ゴッホン。

開理を指して言う。



まぁ、ゼロも2年前は璃久を男として記録してたしな。

会った瞬間女だってわかったみたいだけど…。

気づいてないふりしたのはわざとだろう。




この親父は…はぁ……。

何年一緒にいたんだよ。



「……湊さん」


「なんだ」


濡れた服を着替えていると、幸架がそっと近寄ってきた。

こっそり聞きたいことがあったようだ。


「なんで俺らが付き合ってると思ったんですか?」


「なんでって…。ベッド使う時、お前ら2人でベッド一緒でいいとか言ってたし。

お前は璃久にべったりだし」


「……俺、わかりやすいですかね」


「……お前、敬語でなんとか距離とって誤魔化してんだろ」


「……いや、まぁ……あは、は」




心なしか幸架がダラダラと汗を流しているように見える。

これは…。



「……お前、まだ告ってねぇのか」


「そ、れを、言われると胸が痛いですね」


「……………」


「……………そう言う湊さんはゼロに言ったんですか?」


「………あいつに言ったところで伝わると思ってんのか?」


「……………あぁ…」





男2人、心労が絶えない。





〜・〜





「あれ?2人とも何してんの?」



髪を乾かしたらしい璃久が戻ってくる。

まぁ、本名璃久って字的に女ってわからないのも仕方ない、のか?

字面的に綺麗で、女性らしいと俺は思うが。


「あ、璃久さん。ちゃんとあったまりました?」


「風邪引いたら動けねーからな。

体の管理くれーちゃんとやってる」


「そっ、そうですよね。あはは、ははは…

はぁ…」


「どした?」



璃久がズイッと幸架を覗き込んだ。


顔の近さに慌てている幸架を見ながら、こいつも大変だなぁと思った。


それに比べてこのクソ親父は。



「おい。いつまでそうしてんだよ」


「女…?往焚が…璃久が…女…?」





ダメだこりゃ。


俺はそうそうにこいつのことを諦めることにした。



〜・〜



今日はもう何もできる気がしない。



はぁ、と一つため息をつき、自室に向かった。


濡れた服を脱ぎ、軽くタオルで拭いてから同じような黒のパーカーとズボンを着る。




バフっと布団に倒れこんだ。



ふわり、と何か香った。




なんだ?






もぞもぞと布団に顔を埋める。

なんの香りだ?





もぞもぞ、もぞもぞ。







あぁ、眠い。わかんねぇし。







むくりと起き上がり、机の上にあったタバコを手に取る。






──ゆらゆら、ゆらゆら







なんか、すっげぇ疲れた。





──ゆらゆら、ゆらゆら







すうっと、煙を吐き出した。

部屋いっぱいにタバコの匂いが広がる。








──チャリーン…









何かが落ちた音がした。

小さくて、軽い感じの金属音。



タバコを灰皿に押し付け、床に視線を這わせる。




特に何か落ちてる感じは、ないな。


なんだ?




あ、あった。





「……鍵?」






小さな、小さな鍵だった。

なんの鍵かはわからない。

切れている皮の紐が通されている。


ここに出入りするのは俺くらいのはずだが…。





部屋を出てリビングに入る。

璃久はソファでココアを飲んでいた。

幸架はパソコンをいじっていて、開理はいまだに項垂れている。


いや、そろそろ立ち直れよ。




「これ、誰のだ?」




チャリン、と垂らして見せる。

全員の視線が鍵に集中した。



「私のではないですよ」


「俺のでもねーよ」


「俺も、そんな小さくて細いのはなかったと思うけど」


「………じゃあ誰のだよ」





小さな箱の鍵だろう。

小さい上に細く、鍵部分も短い。


こいつら以外で俺の部屋入ったやついたか?

前の住人…なわけねぇな。



落ちたってことは机か布団に紛れていたってことだろうか。




「…侵入者ですか?」




幸架の顔が険しくなる。

その声を聞いて全員に緊張が走る。




「いや。ここには常に誰かいるようにしてある。侵入者がいたなら気付くはずだ」


「じゃあ、一体誰の…」



小さな小さな、鍵。



傷がたくさんついていた。

傷に少しついてる赤黒いこれは…血液か?


特に文字が彫られている感じでもない。



「…………はぁ」





ほんと、今日は疲れた。



つい何度もため息をつく俺は悪くない。

断じて何も悪くない。




とりあえず、今日はもう寝よう。

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