第22話



「……お前のせいでややこしいことになってんだけど?」


「日頃の行いのせいでしょ。しかもその格好で動いてるし」


「俺は何もしてない。……最近は」


「今までの行動もちゃんと考慮しようね?」


「お前よりはマシだろ」


「えー?そうかな…。でも、私がやったことはゼロがやったことになってるからね。

…ということで、やっぱりゼロとして組織を脱走したあなたの行いが悪いことになる」


「……最悪だな」



「お、おっ、まえらっ!グルか!」




ガタガタと震える澤部と、緊張した面々のせいで空気が重い。


バーテンダーは慣れているのか、グラスを磨いていた。



「彼が湊ですよ。…で、本物の"影"です。

AIがなんで"影"を名乗っているかわかりませんが、AIと彼は別物です」


「え…別?湊は黒髪に黒い目で、華奢な男だと聞いたが?」


「……………」


華奢…。

確かに着痩せするが、湊は筋肉質な男だ。


「クッ…フハハッ!湊さん!華奢だって!あははっ!」


「……うるせぇよ」




ウケるわ。

笑いが止まらない上に表情筋が崩壊しそうだ。

ついでに腹筋がツりそう。




「…いつまで笑ってんだ」


「いやー、湊さんが華奢とか、ないわっ…

フフッ」


「……お前は折れそうだよな」


「そう?」


「ポッキー並だろ」


「ポッキー⁉︎」



私と湊の会話を聞いて澤部たちが戸惑っている。一部は笑っているし…。


というか、ポッキーは言い過ぎだと思う。

あんなに簡単にポキポキ簡単に折れていたら、私はもうこの世にいないじゃないだろうか?




はぁ、とため息をつきながら、湊はフードを下ろした。

そのまま自分の髪を掴み、変装を剥がす。



「え…うわぁ……」



思わず、というような声をバーにいる人々があげる。

その声に、湊が顔を歪ませた。


「……なんだよ」


「あっ…いえ、そのっ……お、お綺麗だな、と…」



澤部は湊から視線を逸らしながら言った。

確かに直視するにはそのご尊顔はキラキラしすぎている。

正直こんな世界よりモデルとか華々しい世界にいる方が似合う容姿だろう。


その鋭い資産さえなければ。



「………………」


「よかったね。モッテモテだよ。

ここにいるの全員男だけど」


「………………」




湊はなんとも言えないような表情をした。


顔色は良さそうだ。

痩せた様子もない。


よかった。




澤部が湊に話しかけ始めた。


私はそっと掴まれた手を離す。





ごめんね。

一緒には、行けない。






鞄から鍵を落とし、拾うふりをして隠していた黒いパーカーを羽織る。

フードを深くかぶり、そのまま裏口に向かう。




出ようとしたところで、一度振り返った。




湊と目が合う。




私は、晒してしまった。




やばい。

今の視線は流石にバレたか…。



急いでバーを出た。




外は豪雨。

コンクリートの地面に足跡はつかない。


今日はバーで雨宿りをする予定だったのに。

相変わらず彼の行動は読みにくい。



可能な限り走った。

今捕まるわけにはいかない。






本当は、あのままその胸に飛び込んでしまいたかった。

ぎゅっと抱きしめてほしかった。


どうした?と、笑いかけてほしかった。




本当は、怖くて怖くてたまらない。


失敗はしない。

したこともない。



結末もわかっている。

それでも、怖い。




息が上がる。

涙が溢れる。





そっか…。

私も人間だったんだなぁ






どうして彼に会うたびに取り乱してしまうのだろうか。


いつもはこんなじゃないのに。




それも仕方ないか。

頭は常にフル回転だ。

他のことを考えられる余裕がない。


我ながらバカなことをしている自覚はある。

やめるわけにはいかないけれど…。



やめてしまいたい。

全て捨てて、人間としての幸せを感じてみたい。




それじゃダメなのだ。





まず、私は人間としての幸せなんて感じることができない。



それなら、人間としての幸せを感じられる人のために。


未来のために。

彼のために。



"あの人"が、私に託したもののために。




そして、私の名にかけて。

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