第21話



──カランカラン…





いつものバーに入り、カウンターの1番奥に座る。

ヤケになって飲む人も増え、酒場は常に繁盛していた。



「いらっしゃい」


「…いつもので」




疲れが出て来ている。

カウンターに突っ伏した。




寒くて寒くてたまらない。

息が苦しくて、ちゃんと呼吸ができているのかわからなくなる。





外はもう豪雨だ。

今日はここで身動きが取れないだろう。






──カランカラーン…







「隣、いいかい?」


「………どうぞ」




緊張した面持ちの男がとなりに座ってきた。

仕事帰りらしいピッシリとしたスーツに、廃れた鞄。


目元にはクマがあり、時計を仕切りに気にしていた。




「……何?」


「えっ!………あ、えっ、と」




男は、突然話しかけられてオドオドし始める。

このままでは話が進まなそうだ。




「……国際犯罪対策本部所属の、澤部さん?

用があるならどうぞ」


「なっ!なんで名前っ…」



カウンターに突っ伏したまま、澤部に視線を向けた。

かなりアタフタしている。


今日は疲れているから、早く休みたい。

早く言ってくれないか。



何を聞きにきたかはわかっているけれど、聞かれる前に答えてはまずいだろう。




カラン、と私の目の前にグラスが置かれた。


それを手に取り、一口含む。




「こっ、ここに、有能な情報屋があると聞いて来た。そっ、それは君かい?」


「有能かどうかはわかんないけど、情報屋ではあるよ」



バーテンダーが彼に水を出した。

澤部は、自分が何も頼んでいないことにやっと気づいたらしい。

トマトジュースを頼んだ。



「残念だけど、協力要請は受けられない。

情報ならいくらでも売るけどね」


「………そう、か」


「それで?…何を聞きに来たの」


「……AIがどこから流出してきたのか、知らないか?」


「……」



拒否したのを、思ったよりあっさりと引かれた。

本当に協力を仰ぎたい人が他にいるからだ。



それにしても、もう少しまともなことを聞かれると思ったが…。


ガラスの縁を指でなぞった。

視線が1、2、3、…8人。

澤部の仲間か。



「……2ヶ月前、無名の裏組織が壊滅したのは知ってる?」


「……あぁ。情報提供があった。

人体実験を繰り返していた組織らしいな。

なんでも、悪魔を飼っていて、そのおかげで裏組織のトップに躍り出た、とかなんとか」


「そう」


「……ま、さか…」


「そのまさか、だね」


「……無名組織のネットワークが破壊されたせいで、あのAIがそこから解放されてしまったというとか⁉︎」


「……声が大きい」


「あ…すまない。まさか、あの組織がそんなものを…でも何に使ってたんだ?……」


私はその問いには答えなかった。

答える必要がない。


澤部は自分を落ち着かせるようにトマトジュースを一口含み、汗を拭った。

私も一口含む。

口に広がっていくアルコールの味は、ほんの少し苦い。



「…もう一つ、聞きたいことがあるんだ」


「……どうぞ」





──カランカラン…





また誰か入ってきた。


足音がする。





「死んだはずの湊、というフリーランスキラーが生きていると情報が入った。

彼は恐ろしく頭が良く、身体能力にも長けていると聞く。

彼に協力を仰ぎたい。

……どこにいるか、知らないか?」



澤部はかなりの汗をかいている。

その手も心なしか震えていた。


もう打つ手がないのだろう。



「……だってさ、湊さん?

ご協力して差し上げたら??」



背後に向かって声をかけた。

お代をグラスのそばに置いて立ち上がる。



「……えっ?あ…うっそっ…」



澤部は慌てて振り返った。


背後には、不機嫌そうに立っている男。



パーカーのフードで隠れているが、色素の薄い髪に、色白の肌。

黒い瞳に、赤い唇。



「……なんで、やっと見つけたと思った瞬間にそんな話になってんだよ」


「さぁ?あとはお二人さんでどーぞ?

私はまだやることあるので」



出口に向かって踏み出すが、男──湊が私の手首を掴んだ。


雨で全身が濡れている。

傘もささずにきたのか。




「影⁉︎なんで…こんなところにっ…

というか、湊、だと⁉︎」



ガタガタと、澤部とバーにいた8人が立ち上がった。

一斉に銃口を湊に向ける。




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