第15話



広い部屋。

ベッドとベッド脇の机以外、何もない。



この机にも、引き出しはない。




浅く呼吸を繰り返す湊を少し見つめた。






青い顔。

前ほど痩せてはいないから、ご飯はちゃんと食べるようになったのだろう。

あの、バカみたいな薬タバコもやめたようだ。



それでもたまに、ふわりとタバコの香りがする。

彼は喫煙者だ。それもかなりヘビーなスモーカーである。




綺麗な髪に触れる。

さらさらと流れる漆黒。

艶があり、ストレートで硬そうな見た目に反して、細くて柔らかい。




湊が起きないように少し動き、彼の唇に自分のそれを押し付けた。


そのまま口に隠していた薬を流し込む。


嚥下したのを確認して唇を離した。





ただの睡眠薬と栄養剤だ。

これでゆっくり休んでくれればいいのだが…。



敵はAI、ね。



瞼を閉じた。

計画を失敗するわけにはいかない。



ズキン、と頭が痛んだ。


枕に隠していた痛み止めを口に入れる。



耐えなければ。



「ーー、ー、ー」





「ぇ…」


湊を凝視する。

なぜ?彼は覚えていないはずだ。

私の名前なんて。


それなのに…

なぜ、私の名前を…


「……、…………」



聞き取れなくて耳を近づけた。

寝言?

………いや、魘されているようだ。


眠っている時の言葉は不鮮明なことが多い。



唇の動きを見ながら、なんとか読み取っていく。



「ーー、ー、ー、ご…め、ん

お…れが……………………の、に」



読み取れたのはそれで全てだ。


だが、読み取れなくてもわかる。

彼は、私の名前を呼んでこう言ったのだ。




「ごめん。

俺がいなければ、お前は死なずに済んだのに」




バカだなぁ。

そんなこと言わないで。

あなたがいたから、私は生きてこれたのに。




たとえ1万の死があったとしても、それは全てあなたのせいではない。


その中に私が入っていたとしても。




外は暗い。

月も星も見えない。


新月の、曇り空。




この先の未来も、この空のように黒い。

この空に、もう一度太陽を昇らせるためには…。




そうだ。太陽が輝くためには、太陽は燃えなければならない。

太陽は燃え続ける。何年も、何万年も、何億年も。


それなら、もし太陽がなかったら?



月は輝かず、星も瞬かない。

日は昇らないし、1日も始まらない。



そう、それだけのことだ。




ここで私が燃え尽きても、世界に朝日が昇れるように。

燃え尽きるのは、もう、私だけでいい。

私は太陽にはなれない。

せいぜいが6等星の星になれるかというところだ。




ベッドから降りる。

音も立てずに枷が外れた。




ベッドの下に手を入れ、服を取り出す。

黒のパーカーに、黒のズボン。


仕込みナイフはないが、今は夜。

闇に乗じていけば、問題ない。




白い髪は目立つ。

日が登れば、色素のない自分は外で動けない。

日光にひどく弱いこの皮膚は、陽の光に晒されればすぐに火傷のように腫れ上がってしまう。



フードを深くかぶった。



ベッドに近づく。

ぐったりと横たわる湊。



その肩まで、布団をそっと引き上げた。



「……バイバイ」



一度でも、あなたと心を通わせることができたらよかった。



本当は、伝えたいことがあった。

でも、私にはそれを伝える資格はない。




私は、ゼロ。

そう、ゼロなんだ。



切り替えろ

私は、ゼロ



ゆっくりと、息を吐き出す。



1人でやらなければ、意味がない。



私にとっての1番の脅威は、彼だ。

AIは最適な方法でしか動かないが、この人だけは予測できない。


彼の心という不確定要素が、いつだって私の予測を上回る。



2週間、私は甘えてしまった。

ここにいたいと、思ってしまった。



それではダメだと、わかっていても。





どうしても離れたくなくて。




だから、"あなたがくれた私"とはお別れしなければならない。



自分で決めたんだ。








前を見つめる。








もう、立ち止まらない。



私はNo.000。




すべて欺いて、

望み通りの結末を、描いてみせる。

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