第6話





《みなさぁーん!こんにちはー!》







それは、唐突に始まった。


周囲にあったパネルが全て同じ映像を映し出す。

それだけではない。


街を行き交う人々の携帯や音楽プレイヤー、街のスピーカーなど、全てから同じ音声が流れ出したのだ。




「みっ、湊さんっ!」

「幸架、落ち着け!」


幸架と璃久が焦り出す。

俺はそれを制すように声をかけた。


「………とりあえずバレないようにだけ気をつけろ。幸架、これ録画できるか?」

「あ、…やってみます」




秋信は携帯をごそごそといじり始めた。

その様子を確認し、再びパネルに視線を戻す。





画面に映っているのは、真っ黒なパーカーを目深にかぶり、同じく黒のネックオーマーで鼻上まで覆っている男だ。


これは少し高め。

その声や話し方から推測すれば、20代後半程度か?



だが、この映像は明らかにおかしい。


ここまで顔を隠しているにもかかわらず、地声。さらに、背景には窓があり、外の景色が丸見えである。


これでは、場所が特定されるのは早いだろう。





《みなさぁーん、みなさぁーん。

こんにちはー!


警察のみなさーん、国際犯罪対策本部のみなさーん!、世界のみなさーん、ちゃんと言葉わかりますかー?


あれ?これでちゃんとできてる?…ガサガサ》




ちょっと待て。

世界の皆さん?


これは日本だけじゃなく世界に流れてるのか?


同時刻で通信しているとしたら、話した瞬間に言語変換して流してるのか?


でも、どうやって…


《あっ、できてたできてた。

えーっとー、みなさん、こんにちはー!

楽しんでますかー?》



ふざけた口調で話しは進められる。

もうすでに街はパニックだ。


《俺は、ある界隈で"影"って呼ばれてまーす。

いくつか組織をつぶしたりもしたし、表でも取引したし。

都市伝説的に知ってる人はたくさんいるかな?》






「湊さん。…影ってあんたじゃ…」

「何も言うな。とりあえず傍観だ」

「……了解」



璃久の話を遮り、俺はパネルの画面を注視する。

一つでも見逃すことはできない。


《さてさて、これからみなさんに面白いことをしてあげましょう!

一つ目。世界の信号を全て赤に変えまーす》



男はカウントを始めた。


誰も信じていない。

俺も信じていない。



無理に決まっている。




さーん、にー、いーち、ぜろー、と男の声が響く。



──パッパーーーーッ!

──ガシャーンッ!




数秒後、クラクションと衝突音があちこちから響き始めた。


スクランブル交差点に目を向ければ、車用も歩行者用も、信号は赤に変わっている。


パニックになりあちこちで事故が起こっていた。



反対方向にも十字路がある。

近寄ってみれば、それも全方向信号は赤に変わっていた。



世界の信号がどうなっているかはわからないが、少なくとも今、実際にこの周辺の信号は赤に変わっている。




《すごいでしょー!

ついでに世界の電車も全部緊急停止させちゃった。

これで話、信じてくれるよねぇ?》



騒がしかった街が静まり返る。

そして次の瞬間にはどよどよと騒ぎが始まる。


子供の泣き声。

女の叫び。


走り回る警察官。




《はいはーい。

忙しいところごめんねー。

でもちゃんと聞いててね?

これからA国、B国、C国の1番偉い人を事故死させまーす。

時間はー…うーん。いつがいい?

面倒だから今日の15時!

今から30分後ねー》



とても軽く言える内容ではない。

どうなっている?

本当に実行されるとしたは、世界の均衡が崩れる。

主要三カ国の総理大臣を殺すなんて。



「…湊さん。録画はできるんですが、携帯もパソコンも操作できなくなってます」

「…………」


幸架にチラッと視線を向け、すぐにパネルへ戻す。

こんな状況で録画ができているのならまだマシな方だろう。



こいつは──影は、一体何をするつもりだ?

パソコンも携帯も操作できない…か。



《あ、俺の目的はね、お遊びだから。

俺はこれからたくさん人を殺しまーす。

予告も、忘れてなければちゃんとやりまーす。

なんでこんなことするんだ!

なーんて言いたい人のために説明すると、


──ヘドが出るんだよ》



男の声がグッと低く下がった。

パネル越しの声にもかかわらず、背筋が粟立つ。


《なーんにも知らないで生活してる表の人間も、表は俺らのおかげで成立してんだぜ?って顔の裏も、全然何も知らないまま殺されていく能無しにも。

平和ボケしてるお前らに、俺が危機感を持たせてあげようってこと。

俺ってば優しい!


だからさ

死にたくなければ、早く俺を殺すことだね。

あぁ、見つけて縛り付けても意味ないよ?

生きてる限り、俺は止まらない!

どこにいても何をしていても俺はいつでも人を殺せる。


さぁ、"人間ども"!

命をかけて、一対世界で勝負だ》



画面の男がフードを脱ぎ、ネックオーマーを下げた。


色素の薄い髪、赤い唇、白い肌。

俺が"影"として動いていた時の変装と全く同じ顔、声で、



──嗤った




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