第4話



「おいで」



ゼロはまるで自分の部屋のように迷いなく引き出しを開け、目的のものを取り出していく。


「…………」

「ほら、座って」


ゼロの動きを目で追いながらベッドに座った。


俺が座ったのを確認すると俺の前に膝をつく。

そのまま右手を両手でそっと触られ、包帯を解かれた。



「さっきまでだんまりだったくせに。…何だよ」

「そろそろ、ね」


そろそろ…?

ついに動くか。


「そんな険しい顔しないでよ」


ゼロはケタケタと笑いながら、ガーゼに薬を染み込ませて傷に当てる。ガーゼはすぐに血に染まった。


「何するつもりだ」

「すぐわかるさ。…あぁ、出かけておいでよ。

私はちゃんと待ってるからご心配なく」

「……どこに行けばいい?」

「どこでも。あー、できればスクランブル交差点とかの方がわかりやすいと思うよ」

「スクランブル交差点って…。テロでも起こすつもりかよ」

「さぁ?…それはお楽しみってことで」



ガーゼを外され、そっと拭き取られる。

新しいガーゼを出すと別の薬を含ませ、トントンと優しく塗られていく。


それも終わると、一本の小さな針を取り出し、傷口にチクッ、チクッと何箇所かに刺していく。


「……無防備だね。これに毒が塗ってあったらどうするつもり?」


相変わらず笑顔のまま女が問いかけてくる。

針を置きガーゼを当てた後、新しい包帯を巻き直していく。



「別にいい」

「………なんか悩み?」

「ねぇよ、そんなもん」



包帯が巻かれていく手を見つめる。

細くて、今にも折れてしまいそうな華奢な手。



「……君は、君がしたいことをすればいい」



巻き終わると、女は立ち上がった。

そのまま歩き出そうとしているように感じたので、その手首を掴む。



「何?」

「……俺を殺すんだろ」

「そうだよ?

…でも、お前なんかいつだって殺せるさ」



ゼロが嗤う。

楽しくてたまらないというような顔で、口元に手を当てる。



「なら、何でこんなことするんだ?」

「こんなことって?」



俺はひらひらと包帯が巻かれた右手を振る。

殺したいなら、放置すればいい。


もうすでに少し膿始めていた傷。このまま放置すれば手首から切り落とさなければならなくなっていただろう。


それなのに、殺そうとしている相手の治療なんて…。



「それじゃ面白くない。

私は君にほんの少し期待してるんだよ」

「……俺がお前の予測を超える動きをする、

って?」

「そう。殺すなら、楽しんでからじゃないと意味がないでしょう?」



俺はゼロの手首を掴む手に力を込めた。

普通の女なら、痛がって泣くだろう。


しかし、ゼロは表情をピクリとも動かさない。


「………ゼロ」


こいつは性根からの殺人鬼だ。

知らない情報はなく、予測できないこともない。言葉や視線どころか存在のみで人を騙せる。



殺すことは呼吸することだとおもっている。

そのくらい、こいつにとっての人間の命の価値は無に等しい。




「腫(れ、引いたでしょ」

「……あぁ」



熱を持って痛んでいた傷は、腫れも熱も痛みもほとんどなくなっていた。


彼女──ゼロはにっこりと笑った。



「ほら、出かけておいで。私は部屋にいるよ」



顔を上げた時、もうゼロはいなかった。


巻いてもらった包帯に触れる。

さっきまでの苦しさが嘘のように消えていた。

狂ってしまいそうな感覚も、もうない。



自分の頰が緩むのがわかった。

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