第30話 告白Ⅱ

「で、その時の協力者がこの2人だ」

と、開理は璃久と幸架を指差す。

まんまとやられた、と苦い顔をする俺に、2人ともぎこちない笑みを返した。

幸架が口を開く。

「俺たちは、最終戦闘試験の生き残りなんです」

「あー、何となく見たことある顔だとは思ってたけど。でも、あの時ゼロが全員殺したはずだろ」

ゼロに恩があるのはわかっていたが、それは2人がルナから抜けるための手伝いをしたことだと思っていた。

生き残り?あの時の?

しかし、最終試験でゼロが全員殺したはずだ。

「最終戦闘試験で、ゼロはこれから生き残っていけるかどうかの基準で殺す人と生かす人にわけたんです。

俺と璃久さんは、生かす人に入った。

同胞と周りを囲んでいた組員が死んだあと、自分が飛び出してから2分したら走ってここにいけと地図を渡してくれました。俺たちは、言われたとおりにしました」

「そー。で、言われた場所に行って鍵はピックングで入って待ってたら、開理さんが帰ってきてな」

「驚いたよ。帰ってきたら子供2人家にいるんだから」

突然の告白が多すぎてなかなかついていけないが、事はもうすでにかなり進んでいるらしい。

まさか、5歳の時から計画されていたなんて…。

やっぱりお前を超える事は出来ないんだな。

「開理さんにお世話になりながら、ゼロには客としてたまに接触しました。

歳でバレるのも困るので、偽装しながら生活したんです。

それに…。俺は、あの最終試験の乱闘で肺を撃たれてしまって。だから、訓練時代のように体を動かすことができなくなってしまったんです。

だから、情報収集の方に回りました」

「なるほど、ね」

パズルのようにバラバラだったものがはまっていく。

まんまと手のひらの上にいたわけか。

「……お前、なんであそこにいた?」

今度は開理の方に視線を向ける。

「いつ?」

「1ヶ月前」

「あぁ…。情けないが、No.000の指示だよ」

「あいつの?」

「そう。まあ、俺がお前に会いたがってるの知ってて俺に行かせたんだろうな。あとは色々知ってて割と信頼できるって考えてくれたのもあるだろう」

そういうことか。

やっぱり全部読まれてたんだな。

「あー、親子揃って敗北だな」

開理の目が見開かれ、ポロポロと涙が溢れ出す。

「は?え、何?」

「お、親子、親子って…」

「……お前が自分で俺の親父だって名乗ったんじゃねぇか」

「お、親父、親父…う、うぅ〜〜〜」

「うわっ、なんだよ」

初めて会った親父の面は、号泣してぐちゃぐちゃになった。

あー。俺、愛されてんな

死んだお袋にも、この親父にも

そして、俺を慕ってくれたこの2人にも。

しかし、ゼロと開理の賭けはゼロの完全勝利だ。

「お前は賭けに負けたわけだけど…。あいつは何を要求するんだろうな」

「そうだなぁ〜〜〜」

「そろそろ泣きやめよ」

「そうだなぁ〜〜〜〜」

幸せそうに泣いている開理をみて思う。

幸せだ。

そう、これが幸せなんだ。

──生きてる

あの日、俺に生きろと必死で訴えたゼロの、その言葉の意味が、やっとわかった。


〜・〜


壁伝いに部屋のドアまで行き、手をかけようとしたところで、泣き声が聞こえた。

おい、そろそろ泣きやめよなんて、困っているように言いつつ嬉しそうなその声に、ゼロはほんの少し口元を緩めた。

ゆっくりと自室に戻る。

引き出しを漁ると、すぐに紙とペンが見つかる。

さらさらと書いていき、それを枕に置いた。

部屋を出る。

まだ泣いている声がした。

泣いている1人を、3人で笑いながらなだめている。

温かい、でも当たり前のような、いつもそこにあるような、そんな風景。

さて、"最初の一手"は終わった。

次に行こう。

私はニヤリと口元を歪め、重い体を引きずって玄関の扉を開いた。


〜・〜


「……知らねぇ間に賭けものにされてたのかよ」

湊ははぁ、と思いため息をついた。

「じゃあ、2年前に脱走したのも、夏に俺と再会したのも、全部ゼロの計画だったってわけか」

「あはーーー。そうだろうなぁ…。全部計算されてるとか、怖すぎるわ。お前、あんななのどこに惚れたの?」

「「ほっ、惚れ⁉︎」」

直球すぎる言葉に、璃久と幸架が絶句している。

「どう見ても湊はゼロちゃんに惚れてるでしょ」

「だよなー、それは思ってたけどさー…」

「湊さん…もう少し考え直した方が…」

「………うるせぇよ」

はぁ、と思わずそっぽを向いた。

そんな俺を、開理は愛おしそうに見つめる。

「そういえば、立てそうか?」

「あー、なんかよりかかれれば大丈夫だろ」

「じゃあ、ゼロちゃん見に行くか」

璃久が俺を支えてくれるので、それを支えに歩き出した。

──ガチャリ

カーテンが閉められた、暗い部屋。

なんの音もしない。

嫌な、予感がする。

布団に近寄ると、案の定そこにゼロはいなかった。

「え!あんな状態でどこにっ」

開理と幸架が家中を探し回ったが、見つからなかった。

俺は、枕に置いてあったメモを手に取る。

「いない…」

「2階にもいませんでした」

「………これ」

「それは?」

「書き置きらしい」

パサリ、と開いて読み上げる。

「開理 賭けはお前の勝ちだ

ジュン まだまだ甘いな。今回は私の勝ち、ね?」

・・・・・・・・。

「「「「え」」」」

これだけ…。短っ!

っていうか開理の勝ち?

俺が負けたのは当然だけど…。

「なんだこれは」

「…意味わかんねー」

「…いなくなった理由は書いてないですね」

3人は首を傾げている。

とそこで璃久がところどころ紙の質感が変わっていることに気づいた。

「……いや、待て。これー…炙りじゃねー?」

璃久がメモを指でなぞって言う。

開理に目配せをすると、ライターを持ってきてくれた。

紙が焼けないよう気をつけながら炙ると、文字が浮き出てきた。

《バーカ、何にもないですよー》

………………………。

「こ、これは…」

「思いっきり遊ばれましたね…」

「今のシリアスモード返せっつーの…」

「………………」

紙をじっと見つめた。

鉛筆で書かれた文字と、炙り出しの文字。

炙ったせいで紙がところどころ穴が空いている。

特に、ライターを当てた左端の方は特にポツポツと穴が空いている。

「おい、親父」

「え……な、何?」

「リハビリ、手伝え」

「親父に命令かよ…はいはい。でも無理はするなよー」

「……あとさ」

メモを折りたたみ、軽く握る。

きっと、またしばらく会えないのだろう。

言い淀む俺に、親父が先に口を開いた。

「……湊。彼女は、やめたほうがいい。その方が、お前は傷つかない」

「……………」

「あれは本物の"悪魔"だ。

誰が死んでも眉ひとつ動かさないどころか、きっと嗤うようなやつだよ。

人を殺すことをなんとも思っていない。人間の道徳なんて、彼女にはなんの価値もないんだ」

「…………………」

真剣な瞳。

ふっと視線を2人に向けると、2人も同じような瞳をしていた。

「……………そうだな」

俺は、嘘をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る