第28話 告白
「…湊さん!わかりますか?湊さん!」
「ぅ…………」
ぼんやりとした視界に、幸架と璃久が入る。
ボロボロと涙を流しているその様子がおかしくて、ほんの少し笑った。
「開理(かいり)さん!湊さんの意識が!」
バタバタと幸架が出て行く。
それを横目に見た後、璃久に視線を戻した。
璃久、と声をかけようとして、声にならなかった。
どうやら、少し長めに眠っていたらしい。
パクパクと口を動かし、水をもらえないかと璃久に伝える。
璃久はすぐに水を持ってきてくれた。
「璃久」
「湊さん、湊、さんっ」
璃久は俺の手をぎゅっと握りしめ、ボロボロと泣き続けている。
「もう、こんなこと、すんじゃねーよ」
「……あぁ」
ガチャ、とドアが開いた。
そこには、意識が途切れる前に見た男がいる。
「よかった…。どこか調子の悪いところは?」
「特にはない」
「そうかそうか」
ホッとした表情で男──開理は俺の元まで来た。
「あれからどのくらいたったんだ?」
「1ヶ月だよ」
思ったより長く意識がなかったようだ。それでは思うように声も出ないわけだ。
「あいつは?」
俺は真っ先にゼロのことを聞いた。あの時、パッとみただけでも生きているのが奇跡のような状態だったから。
「……まだ眠ったままだ」
「……そうか」
開理の手を借りて起き上がった。
1ヶ月眠り続けていたせいか、体を起こすのも一苦労だ。
早めにリハビリして動けるようにならないとな。
「……で?あんた誰?」
開理を睨む。
どうやら俺の処置はこいつがしたらしい。
だからと言って信用できるかどうかは別の話だ。
「あっ、湊さん!この方は…」
「あははっ!いいよいいよ。俺がちゃんと説明するから」
ベッドの俺の隣に腰かけ、ふわりと開理は笑った。
「俺の名前は籬開理(まがきかいり)」
「籬開理…って、10年前死んだ?」
「おー!さすが!よく知ってるなぁ」
確か、10年前にスパイであることがバレ、ある森で焼死体になって発見されたはずだ。
なんでそんな奴がここに…。
「そう。俺は、10年前に死んだ籬開理だ。──そして、君の父親だよ」
「……………………………………は?」
いや、……おい。
待て待て待て待て。
なんだこの状況。
頭が全然ついていかない。
今こいつなんて言った?
俺の父親?というか俺に父親いたのかよ。
……………は?
「順を追って話そうか」
混乱する俺を見て苦笑しながらも、開理は説明を始めた。
「俺はルナの組員だった。
15年くらい前かな、その頃に、あの無名組織がすごい実験を計画してるって噂が出たんだ。
なんでも、人間兵器を作る計画なんだとか。
当時俺には恋人がいた、らしいんだ。らしいっていうのは、事故にあって記憶が曖昧なところがあってな。ある人から聞いたんだ。俺には恋人がいるんだって。
妊娠してたんだ。それを聞いて、俺は嬉しかった。会えばきっと、すぐに自分の愛した人だとわかると、確信があった」
どこか遠くを見つめるその瞳は、静かに凪いでいる。
「でも恋人はどんなに探しても、痕跡1つ見つからなくてなぁ…。気が参って来たところで、無名組織への潜入が決まった。
正直、失敗するイメージしか湧かなかったんだけどな。
潜入して仕事をこなしているうちに、いつのまにか融通が利くくらいの地位になっていた。
そんな日だ。
俺の恋人が俺の元に訪ねて来た。やせ細って、足もふらふらで、腕はもう使えないみたいで、ぶらぶら揺れてた」
幸架がコーヒーと紅茶を持ってきた。
俺は紅茶、3人はコーヒーを飲むらしい。
それを一口含む。
温かい。
この香りはホッとする。ダージリンだ。
「何があったんだって聞いたよ。
そしたら、子供を産むまで鎖で繋がれてたらしくてな。
逃げないように足と腕は折られたらしい。
子供を産んだ後は無理やり引き離されて、その子がどうなったかもわからない、と。
必死に抵抗したけど、この体では何もすることができなかったと言って、泣いていたよ。
生まれたのは男の子だったと言われたから、必死で調べた。
スパイだとバレてもいいと思って調べてたからな。かなり大胆に探ったりもした。
ようやく見つけたお前は、もうすでに1234なんて番号で実験台にされていたけど」
窓の外から、風の音がする。
今日は雨が降るようだ。
ガタガタ、ガタガタと揺れる音がする。
「俺の恋人は、俺のところに来てから2週間ぐらいで息をひきとった。お前に名前を伝えてほしいと、遺言を残して、な。
だから、お前が記憶テストを終わったところを見計らってこっそり会いに行ったんだ。
その時お前は2歳だった。
それなのに、言葉もしっかり話して自分の足で歩いてた。いつ死ぬかわからないのに、真っ直ぐに前を見ているお前を見たら、もう涙止まんなくてなぁ」
開理からぽろり、と一筋涙が流れた。
微笑みながら、その時を思い出すように。
「絶対守ってやるって誓ったんだ。
俺は愛する人を守れなかった。
今度こそ、守るって、この命にかけてな。
そして今から10年前、俺は自ら志願して記憶媒体最後の一機の世話係になった。
賭けを、持ちかけるために」
「……賭け?」
開理は俺を見て強く頷いた。
「お前が研究施設から抜け出した日に、俺は誰よりも早くあのシャワールームに入ったんだ。
血まみれの1234号がいて、さすがに肝が冷えたよ。
1234はおれの息子だと思ってたからな。
それなのに、別な人になってんだから、もう驚いたのなんだのって……」
「それで?」
「そう。その時にその1234号がな、笑ったんだ。
お前が走ってった方向見て。すごく優しい表情で、笑ったんだ」
優しい表情?
あいつが?
あんな風に顔を歪めて嗤うあいつが、笑った?
「だから、10年前、記憶媒体No.000になったそいつに賭けを持ち出したんだ。
まぁ、上手くのってくれるとは思ってなかったんだけどな。あっさり引き受けてくれた」
開理は一口コーヒーを含んだ。
俺はじっとそれを見つめる。
「No.000は常に退屈していた。
自分に予測できないことはなく、知らない情報もなく、できないこともない」
当時の様子を、開理は語りだした。
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