第27話 終わりの始まり

「さて、聞きたいことは1つなんだけど」

ゼロと別れて部屋に戻ったあと秋信と往焚に話しかけた。

その時、2人がピクリと一瞬だけ反応する。

「…なにかな」

硬い表情の往焚。秋信の顔も険しい。

「あなた達はNo.000の手駒?」

窓の淵に少し腰を預け、足を組む。

上から見下すように威圧する、

狙い通り怯む2人から目を逸らさない。

ここで視線が揺れれば何か勘づかれる。

それは面倒だ。

「…そうだ。俺たちはあんたの見張りを頼まれてる」

「往焚!」

秋信が焦ったように止めるが、往焚は俺から目を離さずに答える。

嘘はねぇみてぇだな。

「そっか。だったら、」

ウィッグを外し、唇につけていたリップを手の甲で拭う。

「俺が男なのは知ってんだろ」

「………っ!」

黙り込む2人。

それを一瞥して立ち上がる。

ゼロの動きは読めた。

今やってる実験はおそらく、脳の情報回路から

"記録"をコンピュータへ直接ダウンロードすること。

だとすると、俺たちに送られてくるゼロからの連絡は、その回路を逆手にとって自分の脳から送ってきてるんだろう。

ゼロの1つ目の目的はそれだ。

今、ゼロの脳はインターネットと繋がっている。

組織を混乱させるなんて簡単にできるだろう。

それどころか建物ごと木っ端微塵な上、再起不能まで追いやれるはずだ。

ただし、これは体にかなりの負担がかかっている。

体に特殊な電流を流して行っているのだろう。

そのせいで何度も心配蘇生をしていて体を酷使している。

さらに、大量の情報を脳が処理しきれずに悲鳴を上げているに違いない。

ということは…。体を起こすどころか目を覚まさない可能性もある。

つまり、逃げることができない。

ゼロは、自分ごと無名組織を潰すつもりだ。

かってに死なれては困る。

まだまだ、聞きたいことがあるのだ。

1発殴ってやりたいこともある。

やっぱりあいつは、悪魔になりきれない。


優しすぎる。


その証拠がこの2人だ。

絶対死なせない。

俺に生きろと言ったのはお前だろ。

「このままだと、"お前らの恩人"であるあいつは死ぬ」

「なっ…」

「………っ!」

秋信と往焚は動揺しているようだ。

やはり、知らされていなかったか。

俺がゼロを追わないようにするためだけに監視につけたのだろう。

「手を組まないか?」

2人は思案したあと、しっかりと縦に首を振った。


〜・〜


「あ"あ''あ"あ"あ"っ!!!」


鬼逸と最後に会ったあの日から、3ヶ月がすぎた。

相変わらず頭の悪いこの無名組織は、実験を続けている。


全身が痛い。

頭が割れる。


「No.000、発狂!薬投下!」

ガシャンガシャンと、四肢や首に付けられた拘束具が鳴る。

「あああああぁぁっ!あ"あ"あ"っ!!!」

もう直ぐだ。

だから、もう少しだけ耐えればいい。

痛い、苦しい、寂しい。

でも、そんなのはどうでもいい。

しかし気が触れるのは仕方ないだろう。

頭の中をいじられる。

私がいなくなったことで、組織は私に入っているデータを全てコンピュータに移そうと考えた。

そこで何をしたかというと、

人間の脳伝達回路から電気信号を盗み、パソコンにそれを直接同期する、というものだ。

なんとも馬鹿げている。

たとえその電気信号を盗めたとして、読める文字として同期できるかどうかは別だ。

何度失敗してもやめない。

私が死ねば、情報を抜き出すどころか全て失うというのに。

バカな人たちだ。

「No.000、心肺停止!蘇生開始しろ!」

まぁ、そのおかげで簡単に外部との連絡が取れた。

頭にコンピュータを直接繋ぐような実験だ。

コツさえつかめば、自分の頭からその経路を使って外部へ発信できた。

おかげでジュンと往焚、秋信にもパソコンに触れずに連絡ができた。

まぁ実験に夢中なこいつらは、私がそんなことしてるなんて夢にも思っていない。

「脈拍もどりました!」

にぃっと嗤う。

"幽霊さん"。

どうやらこの賭け、やっぱり私の勝ちらしい。


〜・〜


「行こう」

「ナツ…。本当に大丈夫かな」

「往焚。ナツが外すわけない」

「そうだよ、な」

装備を確認する。

地図は全て頭に入れた。

必要な爆薬や武器、情報は全て揃った。

抜かりは、ないはず。

あの日以来、ゼロは俺の元に現れなくなった。

実験は続いているらしいから、まだ生きているだろう。

だが、もうかなり厳しいはずだ。

限界だろう。

何か仕掛けてくるかと待っていたが、何も動きがない。

これ以上待てば敗北──彼女が死ぬ。

目を閉じる。

ゆっくり息を吸い込んで肺いっぱいに空気を取り込み、ゆっくりと吐き出していく。


AM2:00

地図に載っていない山中に、それはあった。

夢中で走ってきたせいで、ここから出た時──当時5歳だった俺は道なんて覚えていなかったが…。

外観はほとんど変わっていない。

無名組織本部

正面には目立つ真っ白な立方体の建物と、その少し前に建つ灰色の廃れたビル。

端の方にはひっそりと迷彩柄のドーム型の建物が建ち、最奥には青いビル。

それを囲むように壁がそびえ立っている。

「……とりあえず、計画通り仕掛ける。秋信は待機、常に情報の更新をして連絡してくれ」

「「了解」」

影に隠れながら警備室に忍び込む。

警備員は3人。

催眠ガスで寝かせた。

寝ているのを確認し、入り口に踏み込んだ。

今回の目的は2つ。

組織壊滅とゼロの奪取だ。

組織壊滅の混乱に乗じてゼロを連れ出す。

ただ、混乱した組織の動きはどんなに予測していても足りない部分が出てくるだろう。

だから組織を混乱させたあと、引きつけ役は俺がやる。

その間に往焚がゼロの方に行く。

「いいか?」

「大丈夫。問題ないよ」

うなずき合い、お互いの目的のポイントに爆薬を仕掛けに行く。

各建物の支柱と脱出ルートを奪う位置に仕掛ける。

もちろん、1つだけ残しておく。

混乱させるために、メインの建物である白い立方体の建物の情報管理室、そこにあるサイレンを待機しているアキが30分後に鳴らす予定だ。

『ガガッ…え、…か?……聞こえるか?』

「聞こえる」

[俺も聞こえるよ]

『情報が入った。ゼロがいるのは1番奥にある青いビルだ。そこの5階実験室の奥に隠し部屋がある。その中だ」

[了解]

『ナツ、そこの壁に仕掛けておいた方が後で楽だと思うけど、行けそう?』

「問題ない。ちょうど今きたところだ。

遠隔操作できる方を仕掛けておく」

『了解。爆破する時は合図して』

「あぁ。頼んだ」

言われた通り、追加で隠し部屋の壁の方に向かう。

5階、実験室。

左右と奥の壁。どれが隠し部屋につながるのか…

施設内部地図を頭で展開する。

たしか、この左隣には部屋がない。

それなのに、通ってきた時扉があった。

こっそり開けようとしたが開かず、隙間に爪を立ててなぞると、塗料がパラパラと落ちてきた。

つまり、あのドアはダミー。

隠し部屋は左か。

左の壁の中心に小型遠隔操作式爆薬を仕掛ける。

本当に小さいので、壁に立てかけてあった機材で隠せばわからない。

まぁ、威力はこれ1つで部屋1つ吹き飛ばせるくらいはある。

これなら壁も壊せるだろう。

ゼロはしっかり守られているはず。

爆破したところで怪我をしたりはしないはずだ。

建物から出る。

出たところで往焚と合流した。

「あっ、ナツさん!」

「守備は?」

「問題なし、オールクリアですよ」

「秋信、聞こえるか」

『聞こえる』

「あとどのくらいでサイレン鳴る?」

『えっと…5分だ』

五分か。

往焚と目を合わせ、頷きあう。

往焚はここで待機。

目立たないよう近くの植木の影に隠れる。

俺はこのまま正面の白い建物に向かう。

サイレンがなれば、組員は全員あの建物に集まるはずだ。

この白い建物がメイン。

迷彩柄のドームは武器庫。

青い建物は研究員が使っていて、廃れたビルのような建物は組員用の宿泊できる部屋になっている、

ふぅ、と息を吐き出す。

──何度やってもできないんだ

──何が?

──ゼロみたいに、相手の力を利用して投げたり持ち上げたりって

──へぇ。……焦ってるからでしょ。

──焦る?

──そう。一回でできるのが当たり前だ、ってほんの少しでも思ってたんじゃないの?

──……そうかも。すぐ覚えられるから、覚えたらできるって思う。

──そう。どんなに理屈ややり方がわかってたって、やったことないことは"体が覚えてない"んだ。できないのがあたりまえ

──なるほど。…じゃあ、ゆっくりやってみる

──そうだね。よく観察してゆっくり再現するのも大事だよ。

あと2分。

気は緩めない。

知ってる場所、何度もやったことのある動き、頭に全て入っている計画。

どんなに頭で繰り返し模倣したって、何度やったことのあることだって、本番は毎回初めてやるってことだ。全てが初めてのこと。いくらシミュレーションしたって足りない部分は出てくる。

シン、と辺りは静まり返る。

勝負だ、ゼロ

君さえ欺いて、勝ってみせる。


──────っ!!!!!!


けたたましいサイレンが鳴り響く。

作戦開始だ。

なんだっ!何が起こったっ!と廃れたビルから人が次々と出てきた。

眠らせた警備員から借りた服を着て、その集団に混ざって建物内に入る。

中は大混乱だった。

「おい!相模(さがみ)!早く確認しろ!」

「今やってる!」

突然のサイレン。組員が混乱している。

もちろん建物には異常はない。だから情報の方に何かが侵入してきたということ。と、普通は考えるだろう。

実際は遠隔操作でサイレンだけ鳴らしただけだ。

何も盗んでいないし、何も壊していない。

だから時間が稼げる。

組員のほぼ全員がここに入ったことを確認し、そっと建物を出て扉を閉める。

外からしっかりと杭を打って入り口を占め、青い建物に向かって走る。

「アキ、メイン完了。頼んだ」

『了解』

白い建物が爆発する。

悲鳴と怒号。立て続けに鳴り響く爆音。

俺は振り向かずに青い建物に向かって走った。


〜・〜


往焚はサイレンが鳴り響板を確認し、前方を向かって走る。

作戦開始だ。

青い建物内から悲鳴が上がる。

数人外にバラバラと出てきた。

目の前を通った1人の首をナイフで刺し、服を交換する。

武器の仕込みも終わったところで建物内に侵入した。

出口に向かって逃げる者、現場を確認するために情報管理室と連絡を取ろうとする者、パニックで慌てふためく者。

これなら、まっすぐ5階に行ってもバレない。

非常階段は人で溢れかえっている。

エレベーターもだ。

ここは、建物内の階段を使っていくのが1番早いか。

階段を駆け上がる。

監視カメラは秋信が不能にしてくれている。

映る心配はない。

[秋信、メイン完了。頼んだ]

『了解』

耳につけた通信機からナツと秋信のやりとりが聞こえた。

サイレンが鳴ってから20分。

思ったより首尾がいい。


──────っ!!!!!!


爆発音。

メインの白い建物か。

俺の方が遅れてるな。

まずい。

「秋信!もうすぐ着くからこっちも頼んだ!」

『了解』

思ったよりこの建物内の人が多く、進むことができなかった。

焦らない、落ち着け、大丈夫だと自分に言い聞かせながら階段を駆け上がっていく。


──────っ!!!!!!


秋信が5階の壁も爆破したらしい。

煙が上がっている部屋がある。

あそこか。

躊躇せず扉を開け、煙が立ち込める部屋に入った。

穴が空いたのは左の壁のようだ。

そこに飛び入る。

──部屋は、血臭と血痕で満ちていた。まるで地獄絵図だ。

「これ、は……」

思わず絶句した。一体何をすればこんな光景になるのか。

とそこで、後ろからガチャリ、と銃の安全装置を外す音がした。

「そこまでだ!なーーんてなぁ!このセリフ、言ってみたかったんだぜ?」

室内の状況に放心していて油断した。

ハッと後ろを振り返った時にはもう遅かった。

囲まれている。

「さてさてぇ〜?やってくれたなぁ⁉︎」

「…………っ!」

冷や汗が流れ落ちる。

後ろには、まるで死んだように動かないゼロがいた。

顔色は土気色。瞳は落ち窪み、体は殆ど骨のようにやせ細っている。

生きているのではなく、無理やり生かされているその状況に、ゾッとした。

連れ出したとして、呼吸さえままならなそうなその体が持つのか。

どうする?

どの動きが最良だ?

落ち着け、大丈夫。

ふぅ、と息を吐く。

「やぁ。組織の皆さん、こんばんは?」

焦りを見せてはいけない。

常に余裕に、絶対的なこちらの勝利を相手に感じさせる。

俺が失敗したら、すべて水の泡だ。

大丈夫、大丈夫。

──計画通りだ


〜・〜


『ナツ、往焚が連中と接触』

「了解」

通信機を少しいじり、往焚の状況がよくわかるよう音量を調節する。

もうすでに建物内に入った。

襲ってくる相手と応戦しながら"6階"へ向かう。

往焚はうまく会話をつなげているようだ。

思ったより早く動けたお陰で、早くここに来れた。

ただ、やはり想定外は起こる。

この建物内の組員の数が多すぎる。

まだ何か隠しているのか。

こちらの動きが読まれている可能性がある。

「秋信、移動しろ。5367だ」

『え。…そこは使わないっていってなかった?』

「動きが読まれてる。…ゼロだろう。5367も読まれてるかもしれない。気をつけろ」

『了解』

場所を指定したが、ゼロが相手なら意味がないだろう。

まぁこれも想定済みだ

ゼロなら何かしらアクションを起こすと思っていた。

「秋信、着いた」

往焚からは、トントンと通信機を叩く音がした。

会話中にバレてはまずいから、叩く音で受け答えをするしかない。

6階は5部屋ある。

そのうちの奥に2部屋に爆薬をばらまく。

その部屋から出て少し距離を取る。

通信機から秋信の声がする。

「3(スリー)カウント、3、2、1」

その声と共にマッチを投げ入れた。


──────っ!!!!!!


轟音と共に床が落ちる。

「往焚、聞こえるか?」

[……ガガッ…奪取成功。……ガガッ…このまま出る]

「了解。すぐ向かう」

階段を駆け下り、往焚と合流した。

ゼロには小型人口呼吸器をつけてある。

普通のものは大きすぎて運ぶのに困るからだ。

こういった細々した機械を作るのに3ヶ月もかかった。ゼロの状態を考えれば、正直間に合うかどうかヒヤヒヤしたが、なんとか間に合ったようだ。

階段を降りる。

だが、ここからはかなり厳しい。

立ち止まる。

前後包囲された。

予想はしていたが、人数が多すぎる。

「はぁ、はぁっ」

往焚の体力も消耗が激しい。

脱出口はこの裏に用意してあるが、ここで応戦した後に駆け抜けるのは厳しそうだ。

「…秋信、今の現状は?」

『メイン、武器庫は完了。廃ビルはまだもう少しかかりそうかな。ただ、今その青ビルに組員が集まりだしてる』

「用意してた脱出口は大丈夫そうか?」

『そこは問題ない。……というか、誰も、いない?』

少しはマークされてると思ったが…。

混乱で見逃されてるのか?

……いや、おかしい。

いくらなんでも戦闘員やその司令役もいるはずだ。

それなのに、侵入者への対応でこの人数を割いて脱出口は見張りがいない?

「な、なんだ?…うわああああぁあっ!!」

突然前方の集団、後方から悲鳴が上がる。

「うわああああぁぁぁあ!!!」

後方からも、悲鳴が上がり始めた。

「ナ、ナツ…」

「…………」

俺は前方、往焚は後方を見る。

状況を把握しようと目を凝らす。

『ナツ!往焚!緊急事態!やばい!ルナが来た!』

「「嘘だろ…」」

思わず呟いてしまった俺たちは悪くない。

絶対悪くない。

というか最悪だ。

この土壇場で、戦闘特化集団のルナ投入かよ。

お前だろ、ゼロ。やりやがったな

思わず舌打ちし、ピクリとも動かないゼロを睨みつけた。

やってくれたよ、ほんとに。

悲鳴は上がり続ける。

俺は通信機と往焚に向かって声をかけた。

「…まだ猶予はある。状況を確認しよう」

臨戦態勢をとき、壁に寄りかかる。

通信機がジャックされていないか、ジャミングを確認する。

まだ大丈夫なようだ。

「予定通りメインと武器庫の崩壊は完了。廃ビルはもう少し、だったな。ゼロの奪取も成功。ここまでは計画通り。

予定外は、突入した時点でここにいる組員の数が多すぎたことだ」

前方、後方をチラッと見る。

はぁ、とため息をつきながら話を続ける。

「で、今この状況。……俺たちは包囲された。これはまぁそうなるかもしれないとは思ってたから逃げ道はあったんだが……」

バタン、と俺たちの目の前にいた組員が血を流して倒れた。

黒い外套を羽織った集団が、ニヤリとこっちを見て笑った。

「……ここにいる人数が多すぎるとは思ったが、まさかルナが混ざってるとは思わなかったな」

対応に追われているらしい秋信のパソコンを操作する音が通信機から聞こえる。

ゼロを抱き上げている往焚の表情も険しい。

「よぉ?裏切り者」

ガチャン、と数十の銃口がこちらに向けられた。

往焚は、ゼロを見て3ヶ月前のやりとりを回想した。


〜・〜


周囲はゼロ──鬼逸をさがす組織組員で溢れている。ゼロは、鬼逸を女装させてそれを凌いだのだが、彼は薬で眠らせてホテルのベッドに横たわらせた。その後、彼の服が入った荷物を置いて来た路地裏に向かって歩く。

「…これはっ」

「いや、でもなんでこんなものが」

という声が聞こえたところで、その通路を塞ぐように立ち止まった。

「誰だっ!」

2人が同時にこちらを振り返った。

「お久しぶり?」

「なっ…さっきの…」

1人は黒髪に大きめな瞳の男。

もう1人は茶髪に左耳3つピアスをつけた男。

さっき鬼逸を抱き上げていた時に、ゼロを見なかったかと質問して来た2人だ。──幸架と璃久だ。

緊張した面持ちで私を振り返る。

「こんばんは?幸架さんと璃久さん?」

「……鬼逸さんはどこだ」

「あそこー」

ホテルの方向を指差す。

まぁ、建物に遮られて見えないけれど。

「ふざけんな!」

璃久がナイフを振りかざしてくる。

それをかわしながら、言葉を続ける。

「君らには死んでもらおうと思ってね」

「何が目的ですか」

幸架が警戒してナイフを構える。

そこで私はこう提案する。

「見張り、しない?」

「見張り?」

私はその瞬間に璃久の手首をつかんで捻りあげる。璃久は痛みで表情が歪んだ。2人は油断していなかった。私の技術が一歩上手だっただけだ。

「そう。…っていうか、酷いなぁ。別に君らの命がほしいわけじゃないんだけど」

スタスタと路地にあるゴミ箱を開け、ごそごそと漁る。

目的のものを取り出し、2人に向かって投げた。

「……これ、は?」

「ぶちまけといて」

「は?」

「あ、君らは2時間後に遺体で発見される予定だから」

「どういうことですか?」

「はいはいはいはい、そんなこと言う前にこれ着替えて。服はこのバックに入れて適当に燃やして置いてね。で、これ、鬼逸と合流する計画書いてあるから、この通りに動けば会える」

「いやいやいやいや!意味がわかんないんだけどー!」

「わからなくていいよ。あとは、君たちのアイラブ湊さんを守ってあげればいいだけだから」

「は……?」

「あ、組織戻ったら君らの自由は無くなるから、動くなら混乱してる今がチャンスだよ。

今動けば、"逃げたゼロ"が君らを殺したって言ってもおかしくないしね」

ふふふっと笑いながら2人を見ると、ポカーンと理解が追いつかないらしい間抜けな顔をしていた。

「あとは追い追いメールするから、それ見て行動して?」

そろそろ鬼逸が起きるか。

ホテルに向かって歩き出す。

2人は何か話し合ったようだが、言うことを聞いてくれるようだ。

これで、最初の一手は揃った。


〜・〜


鬼逸は瞳を閉じて、思考を巡らせる。

ルナが来たのは想定外。

ではない。

知っていた。

知っていて2人に告げずにきた。

「往焚──璃久、合図したら脱出口を走り抜けろ。後ろは俺がなんとかする。絶対追いつくから。いいな?」

「了解」

「秋信──幸架、璃久と合流したら予定通りに動け。俺はこいつら巻いて行く」

『了解』

地響きがする。

ガラガラと崩れて行く音も。

「さぁ〜て?ついてきてもおうかぁ!」

一勢に襲いかかってくる。

それと同時に璃久を後ろの脱出口に突き飛ばした。


──ガラガラガラガラっ!!!


突き飛ばした直後、脱出口入り口が瓦礫で埋まる。

「えっ!ちょっ…ナツ!──湊さん!おい!」

「走れ!」

「行けない!」

「行け!」

ナイフを構え、応戦する。

相手は銃を持っている。

この狭い空間で避けるのは無理だ。捨て身で行くしかない。

「…湊、さん!湊さん!湊さん!」

瓦礫越しに必死で呼びかける声がする。

目の前の組員をさばきながら、通信機越しに指示を出す。

「聞け。作戦は順調。予定通り璃久は脱出口に入った。幸架、あとは頼んだ」

『湊さん!?』

通信機を耳から外し、踏み潰した。

これで、俺が倒れても辿られることはない。

ポケットからスイッチを取り出し、躊躇いなく押した。

爆音とともに左右の通路が断たれる。

「きさまぁぁぁ!!!」

「ハッ。お前らは俺と心中だな」

怒り狂ったルナが一勢に襲いかかってくる。

これでいい。

俺たちが動いている間に、幸架が無名組織のネットワークを破壊した。

これでこの組織は壊滅だ。

しかも、メインの白い建物は爆破したので、無名組織の上層幹部は潰れている筈だ。

立て直し不可能。

唯一の突破口である記憶媒体はこっちの手中。

目の前のルナは、これを機に俺がほしかったらしい。が、そんな手にハマるわけないだろ?

お前らの言うことを書くだけの殺人機になるくらいなら。

ゼロをただの兵器として死ぬまで利用されるくらいなら。

ここで終わらせる。

ナイフを構え直した。

にぃっと嗤う。いつか見た、君と同じ顔で。


〜・〜


「湊さん!湊さん!…クソッ!」

璃久は瓦礫をどかそうとするが、間に合いそうになかった。瓦礫は多く、とてもじゃないが鬼逸──湊の場所まで辿り着ける気がしない。


──────っ!!!!!!


また爆音がした。

ルナの怒声が聞こえる。

この爆発は、湊がやったのだろう。

この建物の爆薬設置は湊が担当だった。

「湊、さん…」

もとからこういう予定だったのか。

だとしたら、死ぬつもりで来た?

じゃあ、ルナがここにくるのを知っていた?

でも、あのタイミングで瓦礫が落ちてここの通路を塞ぐなんてこと、どうやって予測したと言うんだ。

どうする?

このまま幸架と合流するか?

彼を…湊を捨てて?

そんなのいやだ。

絶対置いて行けない。

死ぬ時は、あの人とともに死ぬと決めたのだから。瓦礫に手をかける。

「…行くよ」

バッと振り返ると、よろよろと立ち上がった

No.000がいた。

「なっ、立てるのか?…無理すんなよっ!」

慌てて手を貸す。

あー、どーも、なんて俺の腕を借りてゼロは立った。

「行くよ」

「立てるなら、お前だけでも、」

「ダメ。行くよ」

「行けるわけねーだろ!」

「せっかく演技うまくいってたのに、ここで素に戻したら意味ないよ、往焚」

「っ……」

グッと黙り込む。

名前を変えたのは、呼び合っているのを聞かれてバレないようにするためだ。

口調でバレるのも困るから、口調も変えた。

声は、小型機械を喉元に貼り付けて変えていた。

「……湊さん置いて行くなんて無理だ」

「そんなこと言ってるとここも崩れるよ」

「だから、立てるならお前だけでも、!」

「しつこい」

「……っ」

「1人の犠牲程度で何取り乱してるの?」

にぃっと、No.000の口元が歪んだ。

背筋が凍りつく。

汗ひとつ流れないほどの、絶対零度。

──悪魔が嗤った


〜・〜


「はぁ…」

湊は、崩壊の揺れを感じながら壁伝いにズルズルとしゃがみこむ。

揺れとともに天井から瓦礫がぽつぽつと落ちてくる。

ここもそろそろ、か。

死んだ人は無になる。

死とは不思議なものだ。

たしかに存在していたはずなのに、ある日突然消えてしまうのだから。

その後の未来に死者が出てくることはなく、声を聞くことも触れることもできない。

それどころか、死んだものは何かを思うことさえできない。

瞳を閉じた。

何かが焼ける匂い。血の、匂い。

これも感じることができなくなる。

他には?

──………さん、愛してる

自分の口元が緩むのがわかった。

俺の名前。

いつだったか、誰か知らない男が俺の名前を教えてくれた。

俺の母親が、死に際にその男に託したのだそうだ。

いつか、俺に会えた時は名前を教えてあげてほしい、と。

その男の顔は見ていない。

後ろからぽつりと呟かれた。

──君の名前だ、忘れないでおくれ。

振り返った時にはもう誰もいなかった。

俺の名前を知っているのは、その男とゼロだけだ。

「ハハッ…」

今更気付く。

こんなにも簡単なことだったのに。

いや、簡単ではないか。

愛されずに育ち、愛を知らずに生きてきた。

そんな俺が、たった1人を愛することができていたなんて。

しかも、あんな人間離れした女なんて。

あいつは俺を愛さないし、好きになんてならないだろう。

あの日俺に愛してる、と言った彼女は、きっと俺を愛してなんていなかった。

それでいい。嘘だったとしても、いい。


「…それでいい、はずだったんだけどな」


瞳を開けた。

天井を仰ぐ。

本当は、誰かに愛してほしかった。

誰でもいいから、必要としてほしかった。

生きていていいと言われたかった。

一度でいいから、心からの言葉がほしかった。

死に際になってやっと自分の望みがわかるなんて、皮肉だ。

撃たれた足と刺された肩から血が流れる。

俯いて息を吐き出した。

痛ぇよ。俺だって人間なんだから痛みくらい感じる。

遠慮なく集団で来やがって。

「はぁ…。でも、俺の勝ちだな」

にっと笑った。

ゼロの計画は阻止した。あいつは生きている。

璃久と幸架に、ハルカとして表社会に戻すよう伝えて来た。

できれば見守ってやってほしい、とも。

あいつらも、表に出ればいいのに。

俺についていく、なんて言って。

「こんばんは、──」

目を見開いた。

聞こえた言葉が信じられなくて。

ゆっくりと顔を上げ、声の方向を見る。

漆黒の髪と瞳。

赤い唇に、少しタレ目で大きな瞳。

色白の肌。体には程よくついた筋肉。

自分に似た男が、立っている。

「……なんで、名前」

今、こいつは俺の名前を…。いや、正確には俺の名前じゃなくて、もう1人の、…。

コツコツと足音を立てて近づいてくる。

もう立てない。

どちらにせよ、出口は塞がれているから俺もこいつも死ぬのは確定だ。

「こんなに怪我して…。なんで無理ばっかりするんだ」

少し怒ったように俺の止血をし始める。

スーツに白衣を羽織った、俺に似た顔の男。

ここの研究員か?

応急処置が終わると、俺の肩に腕を回し、立ち上がった。

「……何するつもりだよ」

「口悪いなー。もう少し丁寧に話せないのか」

「知らねぇやつにやる敬意なんて持ってねぇだけだ」

「知らないやつ、か。まぁそうだよな」

落ち込んだように目をそらされた。

そんな顔されても知らねぇものは知らねぇよ。

「……兄弟、とか?」

「そんなに若く見えるのか!嬉しいなぁ〜」

急にルンルンしだした。

こいつのテンションウザい。

「さぁ、帰ろうか」

状況がまだよくわからないが、とりあえず敵ではなさそうだ。


──ガラガラガラガラッ!!


天井が落ちてくる。

とっさに目を強く瞑った。


〜・〜


肩の重みが増した。

支えていた男──港と呼ばれているらしい──が気を失ったようだ。

出血が多い。

この日のための輸血は用意してある。

特殊な血液は、輸血するのも大変なのだ。

「……ほんと、化け物だな」

脳裏に1つの顔が浮かぶ。

あー、賭けは負けだな。

でもこれでいい。

これでよかったのだ。

これこそが目的だったのだから。

正面にある"ダミー"のドアを開く。

"幽霊"は、用意していたその道に向かって、一歩踏み出した。

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